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新林

私たちが伐木競技を続ける理由① / 武藤 唯さん

世界大会に出場した髙山亮介選手、今井陽樹選手、武藤 唯選手、松村 祐選手、山岡 空選手(提供:JLC事務局)

武藤 唯選手(日本伐木チャンピオンシップin鳥取)

—— そもそも林業を始めたきっかけは何ですか?

私はもともと、林業の川下に関わる仕事に携わっていました。林業についてもっと深く知りたいという思いから、2023年4月に福島県の〈林業アカデミーふくしま(以下、アカデミー)〉に入学し、卒業後は「緑の研修生」として福島県内の林業事業体に就職しました。

—— 伐倒競技を始めたきっかけ何ですか?

伐木競技の存在はアカデミーで知りました。授業で〈ハスクバーナ・トレーニング〉というプログラムがあり、その時の講師がスロベニア大会でご一緒した矢守産業の髙山さんでした。競技を始めたのはアカデミーを卒業した2024年の春からです。当時JLCの大会は2年に1度の開催でしたので、2024年の出場を逃すと次がだいぶ先になってしまうと思い、まずは伐木競技がどういうものなのかを知るために挑戦しました。優勝は本当に運が良かったと思います。

スロベニア大会 伐倒競技後のチームジャパン(提供:JLC事務局)

—— スロベニア大会は前回のオーストリア大会と何が違いましたか?

前回のオーストリア大会は、初めての大会でよく分からないまま終わってしまった部分がありました。本大会では、試合前から合同練習を行うなど、チームジャパンで挑めた大会だったと思います。顔なじみの方も多く、安心して競技に臨めました。また今回は、大会に同行していただいた全国森林組合連合会の杉田さんが、常に選手ファーストで動いてくださったこと、ハスクバーナ・ゼノアにご支援いただき、大会前から世界大会に向けてのトレーニングや、資材の確保、現地でのサポートでお世話になったことで、ストレスなく競技に集中することができました。

チームジャパンの皆さん(提供:JLC事務局)

—— 世界大会出場にあたって、支えになったこと、力になったことはありますか?

これまで競技を支えてくれた家族が一緒にスロベニアまで来てくれたこと、近くで応援してくれたことが一番の力になりました。また前回のオーストリアの時もそうでしたが、今回も林材業労災防止協会福島支部のご協力により、福島県内の事業体の方々から大会参加にかかる費用をご支援いただき、世界大会に行くことができました。そうした皆さんの応援が本当に励みになりました。

応援に駆けつけた武藤さんご家族(提供:JLC事務局)

—— 本大会にはヨーロッパを中心に24カ国114名の選手が参加していますが、アジア圏からは日本が唯一の参加国であり、武藤さんはじめ、日本人選手の活躍が目立つ大会となりました。日本の強さの理由はどこにあると思いますか?

日本が世界大会に出場したのは2014年からです。これまで4回の世界大会に挑んできた日本代表選手の経験や知識が受け継がれ、代表選手を指導してくださったことが一番の理由だと思います。今回の大会はこれまでの日本代表選手の思いも重なり、結果につながったと思います。

枝払い競技の練習風景

—— 大会に向けてどのような練習をしていましたか?

2024年は所属先の練習機材をお借りして練習していましたが、2025年からは個人で練習するようになりました。普段は、枝払い競技と丸太合わせ輪切り競技の2種目を、月曜以外毎日仕事の後に練習していました。枝払い競技は6mの丸太に30本の棒が刺さっていますが、それを1日5セット切ります。本番と同じ丸棒を使うと加工代が高くなるので、製材所に角棒を発注して使っていました。さらに大会前になると、週末に5種目を通しで練習しました。父が練習場所の提供や、練習の準備、セッティングなども手伝ってくれていましたので、大げさではなく、父がいなければ去年の日本大会も出場できなかったと思います。

—— 武藤選手にとって一番難しい競技は何ですか?

枝払い競技ですね。この競技は、スピード・正確さ・安全性のすべてに集中しないと完璧なパフォーマンスはできません。ただ、枝払いはほぼ毎日練習していましたので、「今日はこういう気持ちでこういう行動をしたからこういう枝払いになったんだ」と、日常の些細な変化や違和感に気づくことができる面白さもあります。その日のコンディションが結果にすべて反映されてしまうという意味でも、私にとって一番難しい競技です。

—— 大会に向けて、あるいは大会中に体調管理の面で気をつけていたことはありますか?
フィジカル面は、現場で自然と身についてくるので特にありません。ただ、精神的な部分では、日常から競技につながる部分が大きくて、前回大会のオーストリアでは、爪を切るのも怖かったです。その時は競技が上手くいった時の細胞を切り落としたくないという精神状態でしたが、今回はそういったことは全くなくて、練習期間から楽しめました。

—— まさにアスリートですね。競技に向かう姿勢がとてもストイックに感じられますが、何かスポーツ競技の経験はありますか?
中学時代はソフトボール部でした。指導は厳しかったですが、自分の中ではそれが当たり前のことでした。目標を持つと、やるべきことがすごく明確になるので、それに向けて練習することは苦に感じません。行動一つひとつに気を遣えるのも、競技の面白いところかなと思っています。特に、身体に入れる食べ物や飲み物には、大会当日はもちろんですが、大会前から気を遣っています。例えば水であれば、私は〈サントリー天然水 北アルプス〉が好きなので、スロベニアにも8ℓ用意して、大会中も飲んでいました。あとは朝食をしっかり摂ること、大会中はコーヒーを断つことなど、自分にルールを見つけて実験しています。練習段階でも5種目通す日は、どういう食事を摂ってどういう行動をしたら上手く行くのかというところまで実験しています。

「世界大会で知り合った選手たちとは今もSNSでつながっています」(提供:JLC事務局)

—— 武藤さんがここまでのめり込んだ伐倒競技の魅力とは何ですか?

林業は地域性が強い仕事なので、経営者のような立場にならない限り、他の地域の林業従事者と会う機会はほとんどありません。競技を通じて全国から集まる人たちと交流できるのは、さまざまな気づきもありますし、やってて良かったなと思う理由の一つですね。特に数少ない女性林業従事者との出会いはとても貴重ですので、毎回とても楽しみにしています。

—— 武藤さんにとって伐木競技の意義とは?

私の場合、アカデミーで教わった安全作業しか知らないまま林業の世界に入ったので、働き始めてから山の現場とアカデミーの安全意識の違いにギャップを感じることもありました。ただ自分としては、まず自分の身を守るために安全に作業して、周りも安全になっていくことが大事です。事業体の中で安全作業を続ける存在になっていくことが、競技者として、アカデミー卒業生としての自分の役割だと思っています。

丸太合わせ輪切り競技(提供:JLC事務局)

—— 今後の目標は?

林業はまだ駆け出しですので、今後も経験を積んで、知識と技術を身につけていきたいです。伐木競技は私にとって目標を与えてくれる存在なので、今後も仕事と並行して競技を続けていきたいと思っています。人生の大きな目標としては、林業を通じて、多くの人が自然に携われるような、森の入り口をつくっていきたいと思っています。そのためにも、学ぶべきことがまだまだあると思っています。


執筆者
神尾 知里
兵庫県出身。浜松市在住。新林編集部ライターとして2020年より活動を開始。全国の林業地や森林文化、企業の森などを取材する。

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