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シリーズ企業それぞれの「森づくり」

企業による「森づくり」が、今大きな広がりを見せています。 木材や水といった森林資源の恩恵を直接受ける企業は、いち早く森林 …

水と生きるための、森づくり/サントリーホールディングス株式会社 市田智之さん

企業それぞれの「森づくり」①

サントリー天然水の森 奥大山(提供資料)

気候変動や人口増加などによって世界的に水資源問題が深刻化する中、サントリーホールディングス株式会社(以下、サントリー)による、水資源を守り、森の生物多様性の再生に取り組む森林整備活動「サントリー天然水の森(以下、天然水の森)」活動が昨年20年の節目を迎えた。

2003年に「天然水の森 阿蘇」からスタートした活動は、現在全国の26カ所に広がり、2019年には「国内の自社工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養(かんよう)する」という整備目標を達成し、ウォーター・ポジティブを実現している。企業による森林保全としては異例の規模で活動を続けるその原動力と先進的な森づくりについて、同社サステナビリティ経営推進本部 スペシャリストの市田智之さんにお話を伺った。


サントリーホールディングス株式会社 
サステナビリティ経営推進本部 天然水の森グループ スペシャリスト 市田智之さん

1999年サントリー(現・サントリーホールディングス)入社。酒類営業等を経験し、2019年からサステナビリティ経営推進本部で「天然水の森」等の取り組み推進を担う。


自然の恵みに支えられる会社だからこそ、水を守る責務があります

「サントリーのものづくりは、水に支えられています。良い水がなければビールも、清涼飲料水も、ウイスキーも、何一つ作ることができません。その水を守り、育むのが森です。森に降った雨や雪解け水は、地下深くの岩盤層でゆっくりと磨かれて良質な地下水になり、その水を工場で汲み上げて製品を作っています。地下水は私たちにとっての生命線なのです」

サントリー天然水 南アルプス白州工場内 製造ライン(提供資料)

「そこでサントリーでは、自社工場の水源エリアにおいて森の『水源涵養機能』を高める森林整備活動を2003年にスタートさせました。水の恵みに生かされている会社だからこそ、水を守り、育み、大切に使う責務があると考えていますので、この活動は社会貢献やボランティアではなく、自社の重要な経営資源を守る基幹事業と位置づけています」

活動を立ち上げたのは当時サントリーの宣伝部でコピーライターをしていた山田健さん(現・サステナビリティ推進部のシニアアドバイザー)。広告制作のために地下水について調べていた山田さんは、自社がいかに地下水に依存している会社かということに気づき、仲間たちと地下水の持続可能性を守るための企画書を練りはじめたという。そこから生まれたのが「天然水の森」活動と、「水と生きる」というコーポレートメッセージだった。

森づくりは「フカフカ」な土づくりから

水資源を守るために始まった「水源涵養機能」を高める森林整備。その取り組みは一般的な林業の森林整備と何が違うのだろうか。

「水源涵養機能」とは、森林が水資源を蓄え、育み、守る働きのこと。通常、森林に降った雨は一部がそのまま蒸発し、一部は植物の根から吸い上げられ、一部が森林土壌に浸透して地下水になる。ところが森が荒れて源涵養機能が低くなると、水は地下に浸透しにくくなり、地表を走って川へと流れてしまった水が土砂災害を引き起こす一因にもなっている。

「水源涵養機能」の高い森は、適度に降り注ぐ光によって下草が茂り、下草の根っこや落ち葉に集まった小動物や微生物、菌類たちの活動によって、土の粒子が大小の団粒(だんりゅう)になる。この団粒が土の中に多くの隙間をつくり、土壌がスポンジのようにフカフカになることで雨水が浸透しやすくなるのだ。またフカフカの土壌で活動する生き物を目当てに森の動物や鳥たちが集まり、彼らが落とす種が芽吹いて森は一層豊かになる。つまり、雨水ができるだけ地下に浸み込みやすい、豊かな森をつくろうというのが「天然水の森」活動の主目的になる。

企業と森の関わり方を考える

「現在、『天然水の森』の総面積は12,000ha超あります。これは山手線の内側の2倍の面積に相当しますが、じつはサントリーの社有林というものはほとんどありません。国有林や自治体林、大学の演習林などと森林整備の中長期的な協定を結んで『天然水の森』を設定し、森林整備を行なっています」

「天然水の森」の協定期間は地域ごとに異なるが30年を基本の単位とし、100年後を見据えた長期活動計画を策定して森の整備を行っている。作業道をつけて木を伐り出す場合は、山土場に運ぶまでを森の整備とし、山土場に運ばれた木は土地所有者さんに還元する仕組みだ。活動開始当時、企業が山を買わずに環境保全に取り組む事例はまだ少なかったが、森林整備の目的が当初から木材ではなく水資源の保全に的が絞られていたことで、企業と森の関わり方を柔軟に捉えることができたのだろう。

※山土場:山で伐った木材を一時的に集積する場所 

「サントリー品質」の森林保全活動

「活動を開始した当時は、水源涵養のメカニズムに関する科学的な知見は今ほど進んでいませんでした。そこで私たちは、2003年に水科学研究所を設立し、研究者と共同で水源涵養エリアを特定するための水文調査を開始しました。またひと口に森林整備と言っても、放置人工林や、ナラ枯れ、マツ枯れ、竹林問題、獣害被害など、森ごとに課題が異なるので、作業道の付け方一つとっても森ごとに変える必要があります。そこで全国の『天然水の森』を研究者・専門家との共同研究の場とし、土壌や林学、森林生態系、作業道作りなど、科学的根拠に基づいた調査・研究を開始しました。この徹底した調査・研究が『天然水の森』の活動の大きな特徴だと思います」

奥山の様子や地下の水資源の様子を明らかにすることは容易ではない。しかしサントリーが事業として森林整備に取り組むには、数値目標と品質目標を設定し、森林整備の成果を科学的に検証する必要があったのだ。こうして調査・研究、計画、検証、改善・再調査を繰り返す「サントリー品質」の森林保全活動が始まった。 

「森林整備は、ヘリコプターからレーザーで地表の様子を数㎝単位の密度で計測する『レーザー航測』から始めます。この調査によって超高精度の地形図が得られるだけでなく、そのエリアにどれくらいの高さの樹がどのような密度で生えているのか、立体的に知ることができます」

整備ゾーニング(提供資料)
森の未来予想図(提供資料)

「それから私たちも植生コンサルタントの方と一緒に山へ入ります。どのエリアにどのような植物群落があるかを確認し、その群落や森の特徴ごとにゾーニングします。それからエリアごとに50年後、100年後の目指すべき森の姿を思い描き、長期活動計画(ビジョン)を策定します。例えば経済林として成立している森であれば、経済林として活用していきますし、手を付けない方がいい場合もあります。逆にこのままではどんどん荒廃してしまうとなれば林相転換をすることもあります。長期活動計画が完成すると、ようやく実際の森林整備が始まります」

※林相転換:針葉樹林、広葉樹林、針広混交林といった森林の様相(林相)を、樹種の植え替えにより変えること。

森林再生の鍵は、生物多様性の保全

「森林整備は、適度に間伐し、森に光を入れて下草を生やすことから始まります。当初は、水源涵養エリアの特定や森林整備ばかりに注目していましたが、活動を続けるなかで、水を育む森には、豊かな生態系が大事であり『水源涵養林として高い機能を持った森林』というのは、『生物多様性に富んだ森林』とほぼイコールだということがわかってきました。そこで現在では、専門家に生物多様性評価と数量的な解析を進めるための植生調査法を確立していただき、植生の推移を見守るなど生物多様性の保全にも力を入れています。また、環境のバロメーターの役割を果たす鳥類の調査や、生態系の最上位に位置するワシ・タカ類が営巣する森林の整備、猛禽類の営巣状況のモニタリングなどを実施しています」

増えるシカと、生物多様性の危機

では、生物多様性が失われると、森はどうなるのだろうか。
市田さんが今、一番の課題として挙げるのがシカによる食害だ。そもそも、日本のシカはニホンオオカミが絶滅したことで天敵がいなくなり、徐々に個体数を増やしてきた。さらに近年の中山間地域の過疎化、猟師の高齢化によって爆発的に増えているという。

鹿に下草を食べ尽くされた森の様子(提供資料)

「シカは、まず好物の植物から食べはじめ、それらを食べ尽くすと他の植物も食べ始めます。シカのフンのDNA解析をすると、冬場に落葉樹のミズキやカエデが増えていて、笹が無くなる冬は、落ち葉や土まで食べていることがわかってきました。さらに三重県の鈴鹿地方では、シカが猛毒のトリカブトまで食べるようになったそうです。シカによって下層植生や立木の皮まで食べ尽くされると、下草に依存していた虫や鳥類の種類や個体数も減り、さらに被害が深刻になると土壌の流失が進み山崩れが発生しています」

東京大学秩父演習林のシカ柵(提供資料)

「私たちの活動では、シカの食害対策として土壌崩壊の危険があるエリアや貴重な植物が生えているエリアにはなるべく柵を設置しています。とはいえ、シカも必死なので少しの隙があれば柵を乗り越えようとします。2mの柵を設置した1ヶ月後にはその柵を越えられてしまうなど、まさにイタチごっこのような状況ですね。今は電波が届くところに関しては、 通信型のセンサーカメラを設置して、シカの侵入を遠隔で確認し、侵入を確認したら対応しています」

自然と人が響きあう未来とは

活動が始まって20余年、社員2人で始めた「天然水の森」活動は、2023年度には国内6ヶ所の「天然水の森」が、環境省が認定する「自然共生サイト」に単一企業として最多の認定を受けるなど、影響力のある活動に成長した。さらに、工場周辺流域の持続可能な水利用に関する「Alliance for Water Stewardship(以下AWS)」認証をサントリーグループの3工場が日本で唯一取得。サントリー九州熊本工場がAWS認証の最高位「Platinum」を取得した。また、大学の研究者や地元の林業事業体の協力によって、森や水に関するさまざまな知見が集まる豊かな「知の森」としても成長を遂げた。しかしまだこの先50年、100年と森づくりを続けていくには、どのような課題があるのだろうか。

「これまで、多くの研究者に協力していただきましたが、私たちの活動は、個々の研究分野を『森林』という大きなテーマに融合させていくことが重要であり、経験を積み重ねた先生方にその役目をお願いしていました。ですが、活動初期からお世話になっている先生方も大学を退官される方が増えてきています。森づくりは足の長い取り組みですので、人材育成がこれからの課題になってくると思います」

お話を伺った市田さんは「天然水の森」の担当になって5年目だという。企業人が業務として森と関わることで、どのような変化があったのだろうか、最後に質問をしてみた。

「私自身、『天然水の森』に関わってまだ5年ですが、『自然は人の手を入れてはいけない』という考えから『自然もある程度、人間が手を入れていかなければいけない』と考えるようになりました。そして手入れされている森、シカが多い森など、自分なりに見分けがつくようになりました。ところがシカに食べ尽くされた森は、一見すると整備された綺麗な森に見えてしまい、地元の方でさえ、意外とシカの食害に気づいていないことがあります。今後は情報発信や理解活動にも力を入れて行かなければならないと感じているところです」

森を持たなくても、林業や森の専門家でなくても、企業として森と関わる方法があり、地元の人が気づかないことにまで目を向けることができるようになる。「天然水の森」を企画した山田健氏の著書『水を守りに、森へ(筑摩選書)』のあとがきには、「要は、それぞれの会社が、本業に近いところで、森や自然と向き合えばいいじゃないか」と記されている。「自分ごと」として関わる動機さえ見つかれば、多くの企業がそれぞれの角度から森と関わることで、この複雑で多様な森林の課題を解決する糸口が見つかるのかもしれない。

(2024年4月17日 現地取材)


参考文献:山田健『水を守りに、森へ』筑摩選書 (2012) 

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