「印刷・加工のロスはどうしたら減らせますか?」株式会社ペーパークラフトイトウの伊藤さんに聞いてみた
環境に良い紙ってなんだろう? #4
紙は印刷して終わりではなく、キラキラとした箔押し加工、ぽこっと浮き出たエンボス加工、ユニークな型抜き加工、または製本されて書籍や冊子になったり、さまざまな加工が施されることがあります。紙の制作物の最終工程を担う加工において環境に配慮するにはどのようにしたら良いでしょうか?今回は、新林の冊子の印刷加工を手掛ける株式会社ペーパークラフトイトウの伊藤さんのお話を伺いながら、一緒に考えていきました。
聞き手:植野聡子(新林編集部・編集者)/村上亜沙美(新林編集部・デザイナー)
株式会社ペーパークラフトイトウ
紙を中心としたセールスプロモーションツールを製造・提供する印刷加工の専門会社。折り加工や型抜き、エンボス(浮き出し)、箔押し、白色インク印刷など印刷の特殊加工を手掛ける。
https://pci-dea.com/
伊藤大介さんプロフィール
株式会社ペーパークラフトイトウ代表取締役。平成5年に入社し、平成29年に5代目社長に就任。印刷物をリアルメディアとしてクライアントのビジネスの成長と成功に繋がるコミュニケーションツール製造・提供屋さんとしてビジネスを進めている。
印刷物は消費するものでなく、投資するもの
植野 ペーパークラフトイトウ(以下、イトウ)さんは、印刷加工専門の会社ですが、普段はどのようなものを制作されていますか?
伊藤 私たちは商業印刷物を制作しています。印刷物が減っている時代に、わざわざ作るからこそ成果が出るものを作る必要があります。ただ使って捨ててしまう消費材ではなく、印刷物は投資案件であると考えています。
村上 例えばどんなものを制作しているのですか?
伊藤 こちらは封筒に浮き出し加工(紙などの表面に凹凸を表現する加工)を施しているのですが、封筒の中にあるQRコードの読み取り実績から封筒の開封率を出したり、加工が結果にどれくらい結びついているかを裏付けしています。

弊社には宣伝部があって、デザインを担当する社員が会社の宣伝を制作しています。こちらは皮を剥くように開いていくことができる特殊な折り加工を施したパンフレットです。





植野 加工を請け負うだけでなく、自社で加工の提案までするようになったのはどうしてなのでしょうか?
伊藤 十数年前にモナコで開かれたパッケージ見本市で、印刷会社がパッケージの提案をしていることに衝撃を受けました。発注者が上じゃなくて、製造者と発注者がイコールパートナー、つまり製造者と発注者が対等で、互いに協力し合う関係性なんですよね。これからはそういう立ち位置でビジネスを組み立てていかないといけないんだろうなと思いました。
村上 もともとは荷札の制作をする会社だったそうですが、このような業態にどのように移り変わっていったのですか?
伊藤 弊社は、100年以上前に紙に小さな穴を開けて自動で糸を通す機械で、荷札を制作することから始まりました。
伊藤 90年代ごろはアパレルのプライスタグの制作が盛んだったのですが、2000年代に入ってアパレル製造の中心が中国に移行したと同時に、関連する印刷物の仕事も中国で生産されるようになりました。当時は、カタログやパンフレットの制作も請け負って、折り加工などは下請けに出していましたが、元請けの印刷会社から言われるがままに作り直しをしなくていけないこともあって、なぜこんな無駄なことをしてるんだろう?と疑問に感じるようになりました。
それから、社内でも印刷できるように小ロットに対応した印刷機を導入し、活版印刷機や本の折り加工機なども入れて、自社で印刷から加工までを完結できるようにしました。それによってプリントバイヤーさんと直接取引できるようになりました。
発注者の顔が見えるものづくりと地産地消
植野 プリントバイヤーさんというのはどういった方なのですか?
伊藤 印刷物発注者のことで、広告会社や個人の方など、印刷物を自分の目的があって作りたい方、印刷物を直接発注する方のことを指します。印刷屋は印刷のみ、紙工屋は紙工のみと印刷物に関わる前後の作業ができないとなると、お客様が本当は何を求めているかが分からなくなってしまいますが、お客様の目的が分かれば、何が求められているのかを洗い出すことができますよね。プリントバイヤーさんと直接取引をしていると、感謝こそされるものの、怒られることが基本的にないんですよね(笑)。
植野 お客さんの顔が見えて印刷で求められているものが分かることで、イメージしたものと違う、といったコミュニケーションのすれ違いが減ってくるわけなんですね。
伊藤 これまで印刷業界というのは分業体制で、各ポジションが言われた通りにきっちり作るのが生産性を上げる方法として最適でしたが、印刷・加工・製本などいくつもの会社を行ったり来たりするわけです。これだけでエネルギーコストがかかりますよね。
村上 確かに、そのコストを省けるのは良いですね。たくさんの会社を介すことで予備も多めに必要だったり、資源のコストもかかりますよね。
伊藤 今、印刷業界でも「地産地消」という言葉が使われるようになってきました。これまでは地方で使う印刷物であっても東京でデザインから印刷加工までして地方へ納品する、ということが多くありましたが、今は、地域で必要な印刷物はその地域で制作するという考えで、デザインデータを送って各地域で作ろう、という考えが増えてきました。
村上 デザインする立場としても近くの印刷所に「こういう加工をしてみたいんだけど…」と気軽に相談できて、加工の立場から色々と提案してもらえる関係性があるのは、例えばなるべく印刷や加工のロスが出ないデザインにしたいと考えるときにも心強いなと思います。
特殊加工と環境のバランス
村上 次は具体的な加工においての環境負荷についてお伺いしたいです。ニス引き加工※1は廃液がたくさん出ると聞いたのですが、環境に配慮する工夫は何か環境に配慮した工夫をしていますか?
伊藤 紙によってはニスが染み込んで効果的な加工ができないので、ニスが染み込みにくい紙を提案しています。紙によってニスの種類を変えるとなると、その度に廃液も出るしニスも無駄になります。なので、弊社ではニスの種類を単一にしてそれに合う紙を選んでもらうようにお客様にお話しています。

植野 加工できる紙の範囲を絞ることで、環境負荷が抑えられているんですね。小さな工夫で資材やニスを変える手間も抑えられそうですね。
※1:ニス引き加工:印刷物の表面にニスを塗布することで、印刷物の表面を保護する効果や、ツヤのある絵柄などを表現することができる。
村上 紙取りを考えることも無駄を省く作業ですよね。印刷物のサイズを決める際に、「あと2,3mm調整すると取り都合が良くなりますか?」と、デザイナー側から聞いてみるのはどうですか?
伊藤 そういう関係性になると良いですよね。特に変形サイズにする時は、少しサイズを考慮するだけで歩留まり良く作れるものもあると思います。あと、廃棄する紙については、色分けしてリサイクルに出してるんですよ。
村上 色分けするのはなぜですか?
伊藤 紙自体に色が付いているものは漂白できないので、色のついた紙はクラッシュしてボール紙の芯になります。印刷されたものは個人情報などが漏洩しないような形で適切に溶解処理をして、またボール紙などに再生されます。また、印刷のない白い紙は買取対象なので、きちんと色分けすることが大事ですね。
村上 今度の新林の冊子は、ホチキス製本にしようと考えているのですが、ホチキス製本は、金属もあってリサイクルしにくいのではと思っているのですが…。
伊藤 そんなことはないです。紙を溶かした時に、金属は磁石で取り出せるので、またリサイクルできるんですよ。
植野 そうなんですね。安心しました…。印刷物を制作する立場としては、処分する段階まで考慮しつつも、捨てられずに大事にされるものを作っていきたいなと思います。
伊藤 デジタルコンテンツは情報を瞬間的にいろんなところへ飛ばせる強さがありますが、リアルメディアとしての紙印刷は、同じ情報を常に置いておけることができるんですよね。昨日のネットニュースの情報は古いけど、昨日作った印刷物は翌日でもホットな情報だと思います。そう言った意味では、印刷物は情報の陳腐化が圧倒的に遅いと言えます。特にAIなどは、電力消費が大きいと聞きますし、印刷物の方がエネルギーコストは低く環境にもメリットがあると思います。
村上 そう簡単に捨てられないように、どれくらいが適切な形なのか、あるいは過剰に作り過ぎていないか考えながらデザインすることも環境配慮にとって大事なことだなと思います。
植野 今回は、紙の加工技術と環境についてお話を伺うだけでなく、制作過程におけるコミュニケーションの重要性について考える機会となりました。良好なコミュニケーションがとれる制作環境を整えることが自然環境にも回り回って良い影響をもたらすように思います。『新林』の制作も、そう簡単に捨てられない印刷物を目指して頑張っていきたいと改めて感じました。今日はありがとうございました。
(2025年7月1日取材)
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