自然の力にまかせる「すこやかな」森づくり/ 養命酒 養生の森 伊藤伸二さん、福冨 岳さん、片桐雅博さん
アカマツ林を落葉広葉樹の森へ

赤いパッケージが印象的な〈薬用養命酒〉。400年以上「すこやかさ」を追求してきた養命酒製造株式会社(以下、養命酒製造)が、2009年から進めてきたのが〈養命酒 駒ヶ根工場〉の「すこやかな」森づくりです。松枯れが進むアカマツ林を、天然更新※1によってわずか十数年で健全な森へと転換した樹木医の伊藤伸二さんと福冨 岳さん、駒ヶ根工場次長の片桐雅博さんにお話を伺いました。
※1 天然更新:森林を伐採した後、自然に落ちた種子や切り株から出る新芽(萌芽)などを利用して、自然の力で新しい森林を再生・育成する造林方法
森に囲まれた〈養命酒 駒ヶ根工場〉

14種の自然の生薬を原酒に漬け込んで造る〈薬用養命酒〉。その製造に欠かせないのが、原酒の仕込み水に使う良質な水です。1972年、豊かな水源を求め、南信州の中央アルプスの麓の標高800mの高原地帯に〈養命酒 駒ヶ根工場〉を開設しました。

〈養命酒 駒ヶ根工場〉では、開設当初から工場見学を実施し、構内の一部に散策路を整備してきました。その後、2006年の創業400周年の記念事業をきっかけに、工場林を〈養命酒 健康の森〉として整備し、これまでの散策路を延長して見学者に開放しようという事業がスタート。現在は、同敷地内に体験型複合施設〈養命酒 養生の森〉を併設し、企業ミュージアムや、円形施設〈フォレストリング〉、レストラン、ショップ、図書館などを巡りながら、豊かな森で自然と共にすこやかな体験を提供しています。
針葉樹が鬱蒼と茂る「暗い森」

しかし森林整備が始まった当時の森は、アカマツ林が大半を占め、鬱蒼と茂る森を歩く人の姿はまばらでした。さらに「マツ材線虫病」による松枯れが年間数本ずつ発生していたといいます。駒ヶ根工場から樹木医の伊藤伸二さんに声がかかったのは、松枯れが始まった2008年のことでした。
伊藤さん「それまで工場では、とにかく自然が大事だから木は伐らない方がいい、という考え方で森を維持してきました。その結果、林内はヒョロヒョロと背が高いアカマツばかりで暗く、林床の多様性も非常に低い状態、つまり“不健康な”森になっていたのです」
天然更新でアカマツ林を落葉広葉樹林へ

伊藤さん「駒ヶ根工場の工場林は、植林をしなくても、土壌に眠る種、落ちてくる種、切り株からの萌芽、すでに育っている若い木だけで天然更新できる『ポテンシャルが高い森』です。そのため、アカマツを段階的に伐採すれば、落葉広葉樹の森になりそうだという見通しが立ちました。また、林床の植物をうまく管理することで、植物相※2が豊かで質の高い森づくりができるだろうと予想しました。そこで、針葉樹の暗い森から、季節感のある落葉広葉樹の森に転換することを提案し『森林の健全化』というテーマで森林整備計画を立てました」
最初は会社に説明してもなかなか理解してもらえなかったという伊藤さん。構内の目立たない場所で、試験的にマツを20〜30本伐り、実際に森が明るくなる様子や、残った広葉樹が育っていくことを見てもらい、社内の承諾を得たといいます。
片桐さん「当初は『本当に大丈夫なのか』という声もありましたが、我々もアカマツ林の密度が高すぎるということは認識していました。ただ、伊藤さんのようなプレゼンができず認めてもらえなかったです。樹木医の伊藤さんが精度の高い森林整備計画を提出してくれたことで、上司も承認しやすかったのだと思います」
※2 植物相:ある特定の地域や時代に生育している、すべての植物の種類の集まりのこと
森に光を入れる

伊藤さんの森林整備は、2009年から20年の計画で、整備期・育成転換期・形成期の3段階に分けて進められました。第1段階の整備期は、主にアカマツの間伐です。松枯れの蔓延を防ぐためにも、構内のアカマツ673本を残り350本まで間伐しました。間伐によって森に光が入り、新しく芽が出た中から育成する樹種を選び、丁寧に刈り残していきました。

第2段階の育成転換期には、間伐によって新たに育った樹木の様子を見ながら、もう一度アカマツの間伐を行い、最終的に残ったアカマツは10本でした。
福冨さん「1回目と2回目の間伐は、まだ私がここでお世話になる前でしたが、2回目の間伐後に見学で訪れた際は、一気に340本も伐採したので、本当にびっくりしました」
片桐さん「2回目は1回目の間伐から5年後でしたね。工場も伐った直後は大丈夫か?やりすぎじゃないのか?と心配する声が出ましたね(笑)」
伊藤さん「冬に伐るので、広葉樹も葉っぱがない時期だったということもあり、衝撃的だったみたいですね。ただ春になれば、広葉樹も若葉が芽吹き、林床からも実生から芽が一気に出てきたので、もう大丈夫という空気感に変わりました」
次の森を形成する稚樹をいかに保残できるか

間伐して森に光が入り、一気に芽が出てくると、林床はまさに「玉石混交」の状態。その中からどのようにして樹種を選別し、刈り払いを行っていくのでしょうか?
伊藤さん「この森に生育する樹種は事前に調査していましたので、調べた150種の中から何を残して何を刈るかを決めてリストにしました。実際に刈払いをする時には、階層構造と樹種の多様性をイメージして、樹種を判別しながら刈り込んでいます。残すべき樹木としては、春には芽吹きがあり、山桜が咲いて、夏は緑陰、秋は紅葉。その合間にツツジやアジサイが咲くという森が、お客様がイメージしやすく、散策を楽しめる樹種です。あるいは、シラカンバのように成長が早く、次の森を作ってくれるものです。そうなると、カンバの仲間やナラやサクラ、カエデなど、分かりやすくて成長が早いものを主に選ぶことになります。また、クロモジは養命酒を象徴する樹木ですから、抑制せずに増やしていきました」

福冨さん「次の森を形成する稚樹(ちじゅ)※3をいかに保残できるか、というところが『多様性が高い森』をつくるための一つのキーワードですね。ただ、稚樹を判別するのは非常に専門的な知識が必要になりますので、最初の刈り払いに関しては、伊藤さんに全てお任せしています」
伊藤さん「刈り出したものは年々成長するので、残していく植物とそれ以外の差がだんだん明瞭になり、森の姿が出来上がっていきます。そうなると私以外の人でも作業ができるようになります」
片桐さん「伊藤さんの作業は私たちには全く分かりませんよ。成長して多少分かりやすくはなりますが、誰でもできるかと言ったらちょっと難しいですね」

※3 稚樹(ちじゅ):発芽して間もない小さくて若い樹木のこと
美しい森林景観をつくる

視界が開けたオープンスペースや、散策路に沿って続く広葉樹の並木、神社を囲む鎮守の森。この森では、エリアによってさまざまな森の姿を楽しむことができます。
伊藤さん「森林整備計画は当初は20年の計画でしたが、森の遷移が順調に進み、結果的には十数年で大まかな成果は出ました。現在では、成長を見守りながら、空間的にも樹種的にも多様な姿になるような整備を進めています。私は樹種を選定して多様性を高めることはできますが、森の景観に関しては庭園植栽デザインの経験が豊富な福富さんの方が得意です。そこで2018年から福冨さんに工場林整備計画や庭園植栽の設計・管理業務に携わっていただき、福冨さんの提案で森林景観の整備を進めています」
福冨さん「例えば、あまりにも林床の草丈が長い場所は、向こう側が見えなくてお客様が不安な気持ちになってしまいます。そこで、視線が遮られずに奥へ抜ける開放感を意識してあえて低めに刈っています。また、高木から低木まで階層構造をうまく残したエリアも作っています。すべて同じ管理ではなく、その場所ごとに合わせて管理のあり方を変えることで、人の手が入っている森でありながら、さまざまな樹齢で背丈も異なる林層がどんどん変わってくるような、空間づくりを考えています」

伊藤さん「〈森のライブラリー〉へ続く道には、母樹から落ちたオオモミジの種が一斉に芽吹きました。そこで、隙間に地域自生種のカエデ類を補植し、カエデ並木が続くようにしています」
福冨さん「ありのままの森は、自然科学的には正しいですが、ここは人がたくさん訪れる森なので、観光客や近隣の方々が散策しながら素敵だなと思ってくださる森の姿があっても良いと思います。草木が生い茂り不安や怖さを感じてしまうエリアは、透いて見通しを調節しています。また反対に神社のエリアは、あえて暗い森をつくり、深く落ち着いた雰囲気を残しています。いろいろなレイヤーが重なって、見る人の視点場から森が美しいと思ってもらえるような風景づくりを心がけています」

「健全な森」とは
伊藤さん「最初の間伐で出てきた落葉広葉樹は、もう20年近く経っています。全体的に樹高が上がってきていますので、いずれまたどこかを間伐して、次の段階を考えなければいけません」
福冨さん「天然更新には段階があり、こちらの現場の伐採初期は、シラカンバが出てきて森を形成していきました。その過程で次の樹種が育ち、それらが成長すると、今度はシラカンバが負けて消えていきます。いわゆる都市公園や日本庭園のような場所では、遷移を止めて変わらない姿を維持し続けることが求められます。しかし森はもっとダイナミックで、変化することが当たり前なのです。森は動きを止めてしまうと逆に不安定になり、松枯れやナラ枯れが発生しやすくなります。『安定した遷移』を維持していくためには、恐れず人の手を入れて、適度に撹乱(間伐や下草刈りなど)しながら森に変化を与えていく必要があります」
駒ヶ根工場の森は、初夏の若々しい緑が美しく、生き生きとした生命力に満ち溢れていました。自然の力に任せること、動きを止めないこと、変化を恐れないこと。〈養命酒 駒ヶ根工場〉の「すこやかな」森づくりの話は、どこか人の健康にも通じるものを感じます。健康のために新陳代謝を高め、体の巡りを良くすることは森も人も一緒。そう思うと、森が一層身近に感じられました。(2026年5月14日現地取材)
樹木医 伊藤伸二さん
樹木医。技術士(森林部門:森林環境)。東家農林(あずまやのうりん)代表。
1965年長野県辰野町生まれ。2002年度信州大学大学院農学研究科森林科学専攻(造園・森林植物学研究室)修了。樹木や林床植生の動態を研究。2008年まで3年間は長野県中川村を拠点とするNPO団体を統括。森林整備及び炭焼き窯再生に従事。2026年までの18年にわたり養命酒駒ヶ根工場にて工場林再生事業として樹種多様性を高める森林整備計画及び整備実務を担当。近年は「森の健全化」をテーマに伐採から天然更新による育成管理を請負う。長野県南箕輪村が管理するアカマツ平地林伐採後の育成管理でも成果をあげている。
東家農林
https://www.instagram.com/azumaya.nourin
樹木医 福冨 岳さん
樹木医。1級造園施工管理技士。フクトミボタニカル代表。
1976年栃木県宇都宮市生まれ。30代は都立公園にて植栽の設計・管理など公園管理運営業務を統括。長野県に移住後、2018年より養命酒駒ヶ根工場の工場林整備計画や庭園植栽の設計・管理業務に参画。2025年植栽コンサルティング事業をスタート。公園や企業林、地域の身近な森林の価値や多様性を高める森林整備計画のほか、ナチュラルで暮らしに寄り添う庭園植栽デザインを提案している。
Fukutomi Botanical
https://www.instagram.com/fukutomi_botanical/
養命酒製造株式会社 駒ヶ根工場次長
片桐雅博さん
1994年入社。工場設備関係の業務を中心に、工場見学施設の責任者などを歴任。魅力ある工場見学施設を目指して、全体の設計、運営に深く携わる。2026年9月より「養命酒 養生の森」運営責任者。2022年農学修士を取得。
養命酒製造株式会社
養命酒駒ヶ根工場
https://www.yomeishu.co.jp/komagane
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