仮設建築から考える「合板」の新しい表現と森の循環|日建設計 白井尚太郎さん
大阪・関西万博「住友館」インタビュー 後編

2025年大阪・関西万博で住友グループが出展した「住友館」は、山嶺のような曲面を「合板」で表現した仮設建築ならではの画期的なデザインの建築も話題を呼びました。住友の森から伐り出した木を使ったこのパビリオンは「森の循環」のストーリーにおいて、どのような役割を担ったのでしょうか。
万博終了から一年が経った今、パビリオン設計に携わった日建設計の白井尚太郎さんに、設計の舞台裏や設計者の立場から考える森の循環について伺いました。
白井尚太郎さん
株式会社 日建設計 設計部門 アソシエイト
2009年に同社入社後、国内外のプロジェクトを担当。国内では教育施設、ホテル、ワークプレイス、国外では中国の大規模TOD開発プロジェクトなどの設計を担当する。「住友館」においては基本設計を担当。
コンテンツかパビリオンか
ーー パビリオンの設計はどのように始まったのでしょうか。
私たちが参画する前から「UNKNOWN FOREST」といった展示コンテンツや内部の大まかな平面プランが先行して進められていて、それらの基本計画がまとまった後の2022年7月から外観デザインの設計が始まりました。設計者としては、万博といった期間限定イベントにおいて、内側の展示コンテンツと外側の建築との関係やコストバランスは 永遠のテーマだと思います。外観デザインについて総合プロデュースを担った電通ライブさんから日建設計に全面的に委ねていただいたのは嬉しかったですが、とはいえ設計費に潤沢な予算があるわけではなかったので、そのなかで何とかしなければいけない状況でした。
住友に根付く木を大事にする精神
ーー 住友館には、住友の森から伐り出した木を使ったヒノキの合板やスギの角材が使用されていますが、森林資源の活用については設計の条件だったのでしょうか。
設計当初は木を使うこと自体も決まっていなかったですが、打ち合わせの中で「別子銅山」というキーワードは意見がまとまる有効なツールになっていて、住友グループの皆様は森を復活させることの大変さや1本の木の大事さについて遺伝子レベルで分かっている方たちだと感じていました。そこで、木を大事にすることから考える必要があると思いました。
(住友と森林の歴史については「大阪・関西万博「住友館」インタビュー 前編」で詳しくご紹介しています)
木を大事にするからと言って、では木造にするかというと、一般的な木造建築とスケールも全然違いますし合理的ではありません。また今回の住友館では、以前出展した1970年の大阪万博の際に植林したスギを使っていますが、50年という長い年月が経っても木の直径は15cmほどのサイズ感なんです。すごく時間がかかってこれだけの成長と考えると、やはり大量に使うのはよくないとは思いました。
日本には伝統的な木材利用として、経木や曲げわっぱのような紙のように木を薄く削いで使う方法があります。同じく木を削いで貼り合わせた「合板」も木を大量に使わずに歩留まりが良い素材なのではないかと考えました。そこで、「合板を使いたい」と話したら、住友林業さんから「うちの木でやりましょうよ」とご提案いただきました。僕らとしては合板だとコストや調達期間の短さなどの合理的な視点からしか考えていなかったですが、すごく前向きに乗っていただきました。
ーー すでに安定供給されている素材だから合板という選択だったのに、合板から作ろうという話になっていったわけですね。調達期間はどのぐらいを想定されていたんですか?
木材調達に関する資料は設計前から渡されまして、丸太だったら伐採・乾燥に1.5年、無垢材なら6ヶ月…といったように書いてありました。(注:設計開始から着工までの期間は約2年)「丸太を使うんだったら今決めてください」と言われるような状況で、まだ設計も始めてない段階から調達スケジュールが切迫していました。その中で合板は部材が薄く軽いので短期間で作れるということでした。実際に伐採が始まったのは基本設計が終わった頃だったので安心して設計できました。

合板による新しい建築表現
ーー 今回、合板を使って曲面を表現していますが、どのような経緯があったのでしょうか。
合板の特徴として、薄くて、軽くて、曲がる性質があります。それらの特徴を活かした合板だからこそできることに挑戦したかったのと、設計の与条件としてプロポーションの違う2つの展示室があり、建物が2つあるように見えてしまっていました。せっかく大きな敷地にあるのだから、2つの異なるボリュームを薄い木でつなげることによって、1つのシルエットにできないかなと考えました。

ーー 1つのシルエットに繋げた屋根は「HP曲面」と呼ばれる曲面で構成されていましたが、これはどのような構造なのですか?
HP曲面(Hyperbolic Paraboloid: 双曲放物線面)は、滑らかな曲面なんですが実は簡単なジオメトリーでできていて、縦と横を繋いだ線材を少しずつ角度をずらしていくことで曲面が構成されます。

実際には、Cチャンネルという一般的な流通材である軽量鉄骨材を角度をずらして並べるだけで写真のような曲面ができます。この鉄骨だけの姿も美しかったです。

その上に合板を乗せていくのですが、一般的に曲面を作るときは熱で曲げながら施工しますが、それではお金がかかるし今回は短工期のプロジェクトでもあるので、現場で合板を押したら曲がる範囲で曲げながら施工していきました。実際に合板がどのくらい曲がるのかは分からないこともあるので、例えば9mm厚のベニヤ板がどれくらい曲がるのか実験しながら進めました。


合板の美しさを再評価する
ーー 合板を外装材として使ってみていかがでしたか?
合板は、ふだんは下地材や耐震壁として使って最終的に隠される素材なのですが、今回、「合板あらわし」として仕上げ材としての再評価をしたかった思いがあります。合板は薄い木ですが、住友館を実際に見るとすごく彫刻的でマッシブな木の塊のようにも見える時があって、それがすごい意外で面白かったです。敷地は広場に面していて十分に引きがある場所で、建物の正面と側面がよく見えます。

エントランスはコーナーに対してぐんと突き出した庇でお客様をお出迎えして、その庇下に待機列ができるという構成です。見る角度によって形が変わるのを意識しながら作りました

手前にあるベンチは、木材を桂剥きして残った芯で制作しています。

合板はヒノキでできていますが、檜風呂になるくらい撥水性が良くて、閉会の時に見てもそれほど汚れていなかったのも新しい発見でした。
仮設建築と木質建築の相性から考える「森の循環」
ーー 今回の万博には木を使う建築が多用されていましたが、設計者として木を使うことにどんな思いがありますか?
今回は同じく日建設計が設計した日本館もCLT(=Cross Laminated Timber:ひき板を並べ繊維が直交するように接着した木質パネル材)を使っていたり、木を使う建物が多かったですし、また当時は大屋根リングへの社会的な批判もありました。木を使うからには、設計者は木についてどのように考えるかを問われます。木材を使用した建築の多くがリユース(=再利用)を掲げていましたが、リユースするために木を使うとなると、後々加工がしやすい無垢材などを使うことになるんですよね。それって本当に良いの?と疑問に思いました。
また、今回はクライアントが森林を所有する住友グループだったというのも幸せなことで、住友グループが管理した住友の森の木を使用しているので、木の伐採と植樹の循環を含めた木材利用として計画ができました。具体的には、住友館の外壁に1970年大阪万博の年に植樹したスギを使い、その伐採跡地には今回お客様に植樹体験していただいた苗木を再び植林します。森が成長していくことを住友グループが保証してくれることは心強いですし、これが本来の森の循環の在り方なのではと思いますね。

ーー なぜ万博では木がたくさん使われるようになったのでしょうか。
仮設建築ではいろんな法的な制限が緩和されるので、木が使いやすい状況※1ではあります。加えて、万博会場の夢洲はすごい軟弱地盤で、普通は押したら反力が発生するものなんですが、夢洲では与えた重量分沈むんです。例えば数10tの建物を作る時には、数10t分の土をあらかじめ除いておく設計をしなければいけません。住友館では排出する土そのものも最少にしたかったので、そういう意味でも外装を合板にして薄く軽くするというのは、至上命題でした。
※1 万博における仮設建築:「博覧会建築物」として特定行政庁(今回は大阪市)が安全上・防火上・衛生上支障がないと判断すれば、いくつかの規定が適用外となる。たとえば通常なら耐火建築物にしなければならない建物でも、一定条件で緩和が可能となるため、木材を大胆に見せるデザインなども、個別の安全確認を経て採用することができる。
壊してしまう建物だからこそ思うこと
ーー なくなってしまうものを設計するのは設計者としてどのような思いがありましたか?
建物の解体が始まったときに現場へ入らせてもらいましたが、解体が進んでるのを見たら「止めて止めて~!」と、もう胸が張り裂けそうな思いになりました。
ーー 解体はどんな様子だったんですか?パネルを一つ一つ外すこともできそうですが…
いやいやバリバリバリっと建物に大きな穴を開けながら、豪快に解体していました。ただ、木は木、鉄は鉄、と細かく分別するので、そこは結構苦労されていました。
ーー 普段は竣工から解体まで数10年のスパンで考えますが、仮設建築は1年ほどの期間で竣工から解体までを経験できるので、設計者にとっては貴重な経験でもありますね。
普段の設計では、長く使えて維持管理が安定的にしやすいことを念頭に設計していますが、半年で壊してしまうものをどう扱うかについては、いろいろ考えさせられました。当時、すぐに壊すことに対して、いろんな批判や社会的に厳しい目がありましたよね。だから住友館の設計では、なるべくお金や資源のダメージを少なくすることを考えていました。でもやっぱり壊れても良いとは思わなかったですね。
住友館の設計を振り返って
ーー 合板への見方は変わりましたか?
あるパビリオンの工事現場へ入らせてもらった時に、現場ルートの舗装材としてボロボロの合板が敷き詰められてたんです。僕らにとっては外装材なので、ちょっとそんな扱いしないで!と感傷的になりました(笑)。 ほかの設計をしていても、これも合板でできるんじゃない?と、つい思ってしまいます。
ーー 建設コストの厳しさと材料を徹底的に少なく軽くすることから、合板という正解にたどり着いたわけですが、今後も合板の外装がパビリオンの標準設計になりそうですね。解体を見据えた設計のあり方は、いろんな展開ができそうです。
今回、合板を曲げるノウハウが溜まったので、それを内装に使うとか、バルコニーや庇の軒裏とか、そういったところで 何か使えたりしたいなと考えます。万博後の別プロジェクトでも継続して考えていますね。
ーー 前半のインタビューでは、事務局のみなさんや電通ライブのみなさんが口々に楽しかったと仰っていたのが印象的でしたが、白井さんはいかがでしたか?
すごく楽しかったですね。社内外の分野や立場を超えて、様々な関係者が同じゴールに向かって、一緒にハードルを越えようとする一体感が強く、みなさん協力的ですごく仲が良いチームでした。プロジェクト終了後にみんなで野球観戦に行ったりもしました。
設計者としては、建物の竣工から解体までを1年半で経験できたことで、スピード感をもってアウトプットしていく引き出しがすごく増えたように思います。 仮設建築は法的な部分や耐久性への自由度が上がるからこそ、求められるデザインのハードルは高くて面白いです。またやりたいですね。
住友館は、万博の閉幕とともに解体されましたが、そこで試みられた合板の新しい使い方や施工のノウハウは、建築設計の知見として残りました。木を大事に使いたいという想いから生まれた、木材を大量に使わないための工夫や新たな表現方法は、これからの木質建築にも息づいていくのではないでしょうか。そうした積み重ねも、森の資源を未来へつないでいく循環の一部なのかもしれません。
(2026年3月24日 NCM大阪オフィスにて)
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