木の出家—森を守る仏教儀式
もりへのまなざし #1
森をテーマにしたアートから、作品の背景や関係した人々の想いを深掘りします。一つのアート作品との出会いが、あなたの森へのまなざしを変えるかもしれません。
花王株式会社(以下、花王)が主催する「花王国際こども環境絵画コンテスト」で”一緒にeco 地球大賞”を受賞したタイに住む14歳の少女の作品。
画面からはみ出るほどの大木。その周りには僧侶たちが集まり、橙色の布を木に巻き付けています。これはただの飾りつけではなく、『ブワット・パ』と呼ばれるタイの仏教儀式。木を僧侶のように出家させることで、森林伐採から守るための方法だそうです。Malisornさんが描いた絵からは、優しい表情と色づかいの中に「ずっと木を大切にする」という確かな想いが伝わってきます。
どうして木に布を巻くんだろう?
タイの街中を歩くと、カラフルな布が巻かれた木を見かけることがあります。この木は菩提樹という、ブッダが悟りを開く際に根元に座っていたと言い伝えがある木で、布を巻くことによって、木に宿る精霊に感謝を伝えるそうです。
タイは仏教だけでなく、古来からアニミズム信仰(1)があります。菩提樹だけでなく大きな岩や家など、至るところに精霊が宿っていると信じられているようです。日本の「八百万の神」と同じように、自然を畏れながらも大切に守り、共に生きてきた歴史が感じられます。
「木の出家」って何だろう?
Malisornさんの描いた木を見ると、カラフルな布でなく橙色の布が巻かれ、見た目も菩提樹とは違っています。これは、描かれている木に元から聖なる力があるのではなく、木を伐採から守るために布が巻かれているからだそう。それが「木の出家」です。
「木の出家」が始まったのは近代化が進む1980年代。タイ北部では違法な森林伐採が行われていました。これに対抗し、森林伐採から木々を保護するためにパヤオ県のポータラム寺院の住職、プラ・ソポン・パッタナダム氏が仏教とアニミズムを掛け合わせた出家の儀式を考案しました。今では政府や王室から森林保護の取り組みとして正式に採用されています。
「木の出家」の儀式では、はじめにシャーマンが木や森の精霊に対し、木々を守り、破壊する者を罰するよう祈ります。その後、僧侶が詠唱しながら橙色の僧衣を巻きつけることで、木を出家させます。出家した木は、人間の僧侶と同じように尊重され、傷つけることは重大な罪とみなされます。
伝統的な仏教の戒律によると、本来出家できるのは「人間のみ」。はじめは戒律に反した考え方でありながらも木を出家させ、僧侶の位を与えることで保護したということから、タイの人々がどれほど自然を大切に思っているかが伺えます。
一説によると、出家した木を道路工事のために切り倒した工事作業員が、その後不幸に見舞われたとか。こどもの頃に「草花をいじめるとバチがあたるよ!」と叱られたような出来事が、タイの伝統と人々の信心深さによって一層大きなスケールで存在していることに驚きました。目まぐるしく変わる時代の中でも、古来から変わらず続く人々の信仰心が、これからも自然を守り続けてくれるのでしょうか。
「花王国際こども環境絵画コンテスト」について
「花王国際こども環境絵画コンテスト」では世界中の子どもたちから“地球の環境・未来への想い”を込めた描いた作品を募集し、これまでに約100か国から15万点を超える作品が届けられています。コンテストを主催する社会貢献部の方々に、コンテストを始めるきっかけや想いについて伺いました。
—コンテストを始めたきっかけと、続けることに対する想い
もともとは、子どもたちに、絵を描くことを通して環境について考えてもらうきっかけになれば、というシンプルな思いからのスタートでした。
そして、毎年、世界中から送られてくるこども達の作品を見るたびに、心打たれたり、ハッと考えさせられたり、わくわくしたり、とにかく、未来に向けたパワーを感じました。そしてより多くの人々が子どもたちの想いに触れ、心を動かし、サステナブルな生活を実践するきっかけとなることを願い、展示活動にも取り組んでいます。社員にとっても、子どもたちの作品からメッセージを感じることは、モノづくりや企業活動において、よい刺激になっていると思います。
—15年続ける中での変化について
世の中の環境に対する意識変化を受け、コンテストのテーマも開催当初の「いっしょにeco」から「サステナブルな環境をみんなでつくろう!」に変わっています。その影響もあるかもしれませんが、よりよい未来を願う、明るい、夢にあふれた絵が増えている気がします。
—これからのコンテストについて
今年から「こどもたちの想いをカタチにする寄付」を始めました。応募の際に、こども達がそれぞれ選んだ環境活動(野生動物保護/緑化・森林保全/海ごみ・ごみ流出対策)に対し、花王が寄付します。また、絵を鑑賞した人々がこども達にメッセージを送ると、1メッセージにつき1円が寄付される仕組みも同時に立上げました。
こども達のアクションが、よりよい環境を未来に残す活動につながることで「未来は自分達の手で変えられる」と体感し、未来を担うこども達の想いがほんの少しでもよい循環を起こす力になれればうれしいです。
「花王国際こども環境絵画コンテスト」スペシャルサイトはこちら
(1)生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方
【参考文献】
Tayud Mongkolrat, “Tree Ordination: Preserving Nature through Spiritual Connection”, Thailand Foundation, https://www.thailandfoundation.or.th/culture_heritage/tree-ordination-preserving-nature-through-spiritual-connection/