「阿蘇小国の森」のストーリーを伝える小国町森林組合 前編

森林所有者が組合員となって組織される森林組合。その数は全国におよそ600組合あり、森林管理や林産物の販売、補助金の申請手続きなどの事業を行っています。また中には、地域の実情に応じて多彩な事業展開を行う組合もあります。熊本県阿蘇郡の小国町森林組合もそのひとつ。ここでは地熱を利用した木材乾燥施設を運営するほか、オリジナルブランド〈ASO OGUNI-SUGI LAB〉を立ち上げるなど、全国でも珍しい事業展開で小国杉の魅力を発信しています。
今回は小国町森林組合 企画販売課の梅木孝浩さん、入交律歌さんを訪ね、小国杉の魅力と小国町森林組合の取り組みについて伺いました。

小国町森林組合 企画販売課 企画販売課長 梅木孝浩さん
小国町森林組合 企画販売課 企画販売課長 梅木孝浩さん
熊本県阿蘇郡小国町出身。1994年入組。山側の仕事、市場の仕事を経験後、2017年から企画販売課に異動。山で培った知識を活かし、製品開発に従事している。

小国町森林組合 企画販売課 企画係長 入交律歌さん
高知県出身。大学で森林政策を専攻。広告や観光の仕事を経て2012年に小国町に移住し、森林組合に入組。小国杉の魅力や森のストーリー、小国町で暮らす人たちの想いを発信している。
九州を代表するブランド材「小国杉」

熊本県の最北端。阿蘇カルデラの裾野の北側に位置する小国町(おぐにまち)は、豊かな自然と温泉、そして約270年の歴史を持つ、ブランド材「小国杉(おぐにすぎ)」の産地として知られています。
小国杉にはどのような特徴がありますか?
入交さん 小国町は標高400mを超える山間地域です。一般的に九州材と言えば、温暖な気候で成長が早いイメージがあるかと思いますが、ここは熊本でありながら冬場はマイナス10℃になることもあり、平均気温が東北地方と同程度の冷涼な気候が特徴です。そのため木の成長が遅く、木目が詰まって比重の高い丈夫な木が育ちます。

入交さん また、阿蘇カルデラの裾野に位置するため傾斜が緩やかで施業がしやすく、降水量にも恵まれた林業に適した地域です。スギの品種はほぼヤブクグリとヤクノシマの2品種に限定されていますので、品種によるバラつきが少なく、安定した品質が求められる建築用材を揃えやすいという特徴もあります。
どちらの品種も油分が豊富で色ツヤが良く、特にヤクノシマの心材は美しいサーモンピンク色で、内装材として人気です。これだけの恵まれた条件が揃う小国杉というのは、九州でも随一の建材だと自負しています。
環境と木材に優しい地熱乾燥材

梅木さん 小国町は温泉の町でもあり、森林組合では地熱水蒸気(湯けむり)を活用した全国でも珍しい木材の地熱乾燥設備を運営しています。小国杉を扱う近隣の製材所8社のうち、5社にこの施設をご利用いただいています。
地熱乾燥設備の倉庫内は、地熱が通るパイプからの輻射熱で温度が50~60℃に保たれ、木材を緩やかに乾燥することができます。環境や木材への負荷が少なく、木が持つ本来の色ツヤや成分が保たれるとあって、仕上がりがとても良いと喜ばれています。
小国杉100% のSGEC構造用合板〈Layer〉

入交さん 小国杉は、全国に先駆けて木造立体トラス工法を採用した建築物として知られる 〈道の駅 小国ゆうステーション〉や、木造体育館〈小国ドーム〉のほか、〈九州国立博物館〉の収蔵庫材の内装材、県内の大型商業施設などに採用され、その性能や美しさが認められています。最近では、2023年にリニューアルされた〈阿蘇くまもと空港〉の搭乗待合エリアの天井に、小国町森林組合が製品開発を手掛けた小国杉100%、SGEC認証の構造用合板〈Layer(レイヤー)〉が採用されました。
梅木さん 〈Layer〉には樹齢60年から80年のヤブクグリを使用しています。ヤブクグリという品種は含水率が高く、建材にすると乾燥コストがかかるためなかなか使ってもらえませんでした。しかし本来は強度があり油分が多いので水にも強く、建材として優れた品種です。そこでヤブクグリの利用価値を高めようと開発したのが〈Layer〉です。
小国町森林組合は、適正な森林管理と環境に配慮した木材の証明であるSGEC森林認証※1の森林管理認証(FM認証)※2及び生産物認証(COC認証)※3を全国で2番目に取得しています。〈Layer〉に使用する木材もすべてSGEC森林認証材を使い、認証工場で生産してもらうことでトレーサビリティを確保した商品を販売しています。最初は節があるものは下地用、無いものは化粧材として販売していましたが、空港のお話をいただいたのを機に、原木の選別を厳しくして、節の無い合板に焦点を置いて開発を進めました。
ホームセンターでは、針葉樹合板と広葉樹合板に分類されている程度ですので、何の木でつくられた合板なのかも分かりません。SGEC認証のスギで、しかも無節というのはとてもインパクトがありますね。
梅木さん 生産を依頼している工場でも、スギでこのような節の少ない合板は見たことがないと、かなりびっくりされましたね。うちの森林組合は市場を持っていますので、節が出ないように一番玉と呼ばれる丸太の根本の部分だけを厳選して工場に出荷しています。商品は全てうちの組合から直接販売していますので、工場から納品された合板は、森林組合の職員が板の節や傷、色の違いを1枚ずつ選別して、化粧面をサンダーにかけて納品しています。森林組合の天井は、実はこの時検品ではじかれた合板を使用しています。開発当初は全く売れませんでしたが、おかげさまで今では全国から問い合わせをいただくようになり、最近は天井材だけでなく、店舗の什器にも使用したいというお客さまが増えています。
※2 森林管理認証(FM認証):持続可能な方法で森林が適切に管理されているかを認証する制度
※3 生産物認証(COC認証):SGEC認証森林から産出された木材やリサイクル材が、加工・流通の各段階で適切に管理されているかを認証する制度
「阿蘇小国の森」の新しい価値をつくるブランド

入交さん また2016年には、新しい試みとしてオリジナルブランド〈ASO OGUNI-SUGI LAB〉を立ち上げました。小国杉の枝葉から抽出したアロマオイルや、間伐材から取り出した繊維を原料にした木糸(もくいと)、ヤブクグリの心材の硬くて節が無いところだけを使用したハンガーなど、小国杉を使ったさまざまなプロダクトの開発に力を入れています。

これらのプロダクトは事業規模としては小さいものですが、建材では届かなかったお客様とつながり、歴史ある阿蘇小国の森を次の世代につないでいくための事業として位置付けています。そのため、直接森に関わる人だけでなく、地域の職人さんや行政、移住者など、いろいろな人と一緒に小国杉の新しい価値を見出していくことに重点を置いて取り組んでいます。
また小国町では、絵本作家と制作した絵本『森のおくりもの』や、IT企業のノベルティグッズ、フランスのスニーカーシューズメーカーとのコラボ企画で制作した〈森の靴〉など、より多くの人たちに向けて山の文化をや想いを伝えるための企画を積極的に展開し、発信力を高めています。

入交さん 私たち森林組合は、スニーカーを買う人やIT業界と直接の接点がありませんので、そこをコラボ企画の企業に繋いでいただけた事はとてもありがたいことなんです。また、企業が自然環境に貢献する姿勢を発信する機会として利用していただけたことはとても光栄だと思っています。
次の世代の森をつなぐために、多様な取り組みを続けてきた小国町森林組合。後編ではその原動力となる小国町の人や文化について伺います。(2025年3月13日 現地取材)