森も人も、次の世代を育む森づくり / 王子木材緑化株式会社 沖谷 貴久さん 佐藤 有さん
企業それぞれの「森づくり」④-2
カンゾウ(甘草)の国内栽培を可能にした、王子ホールディングス株式会社(以下、王子HD)の「持続可能な森林経営」とはどのようなものなのだろうか。下川町のカンゾウ畑から王子HDの〈美瑛山林〉まで足を伸ばし、この森を管理する王子木材緑化株式会社(以下、王子木材緑化)北海道支店 旭川営業所の沖谷貴久さん、佐藤 有さんにお話を伺った。
王子木材緑化株式会社
北海道支店 旭川営業所 所長 沖谷貴久さん
1999年入社。インドネシアや中国での海外植林事業や国内製材販売事業を経て、2021年に旭川営業所に赴任。
王子木材緑化株式会社
北海道支店 旭川営業所 主任 佐藤 有さん
2001年入社。営林担当として遠軽営業所、帯広営業所を経て、現在の旭川営業所に赴任。現場主任として日々山に足を運んでいる。
美瑛山林へ
旭川営業所が管轄するエリアは北海道の中で最も広く、南は夕張、富良野、北は稚内のオホーツク海沿岸から日本海沿岸にまで及ぶ。総面積約5万haもの広大な森は、佐藤さんを含む3人の営林担当者と、森林整備を請け負う各地の林業事業体が管理している。
今回訪れた〈美瑛山林〉の面積は約3,000ha。北海道のほぼ中央に位置し、なだらかな丘陵地帯と雄大な十勝岳連峰で知られる美瑛町(びえいちょう)にある社有林だ。車に乗せてもらい、緩やかな作業道を登っていくと、北海道を代表する常緑針葉樹のトドマツ、クロエゾマツ、アカエゾマツをはじめ、落葉針葉樹のカラマツや、広葉樹のミズナラ、シラカバなど、多種多様な木々が車窓を流れていく。
この社有林は、明治以降の木材需要により伐採された後の二次林を購入したもので、そのうち30%は紙の原料確保と森の再生のために植林した針葉樹の人工林、残り70%は針広混交林の天然林という構成になっている。近年は、人工林の再造林※1を中心に、天然林は天然更新※2を促すための除伐、間伐等を中心とした施業を行っている。
※1 再造林:人工林を伐採した跡地に再び苗木を植えて人工林をつくること
※2 天然更新;森林の伐採後、植栽を行わずに、前生稚樹や自然に落下した種子等から樹木を定着させること
森と人を育て、働く人の雇用を守る
坂道を登り、見晴らしの良い造林地の伐採現場に到着した。今は秋の植付けをするための準備をしているという。森林施業は、林齢構成や外部要因により施業の内容が変わる。王子HDの社有林では、2015年までは間伐や択伐※3がメインだったが、現在は造林地の多くが伐期を迎えた高齢級林※4となり、施業内容は主伐と再植林が増えた。
佐藤さん 王子の社有林では、伐採したら必ず植林をします。特にここ10年は再植林が増えて、僕も今年に入ってから7カ所の社有林で植林を管理しました。林齢が偏ると、作業をする人の技能も偏ってしまうので、計画的な植林で林齢構成の幅を広げ、あらゆる林齢に対応できる技能を継承していくことが大事です。
沖谷さん 一般的な造林では、伐採した翌春に地拵え※5をして苗木を植えますが、この現場は伐採と丸太搬出、その後の地拵え、植栽を一連の作業で行う「一貫施業」という方法で、効率良くやっています。そうすることで重機の回送も減り、この森を管理する林業事業体も安定して計画的に働くことができます。下草が生える前に植えるので、苗木の活着率※6にも良い面があります。
佐藤さん 森を守るためには、ここで働く人の生活も守らなくてはなりません。年間を通して、働く人の仕事を作りながら、限られた人数で効率良く仕事ができるように工夫しています。
沖谷さん 佐藤くんの仕事は、森林の管理や森の雇用を生み出すことに加え、運送業者や製材工場などさまざまなステークホルダーとの調整もあります。それができるのも、王子がこれだけの社有林を保有して、毎年計画的に営林事業を続けてきたという背景があり、長い付き合いの中で顔が見える相手と仕事をしてきたからです。だから我々は木材の市況が悪いからといって木を伐らないわけにはいかないんですよ。仕事がなくなり、人が育たなかったら、今どんなに良い施業をしても、次の世代のために森を守ることはできなくなります。
※3 択伐:木の成長具合や市場の需要に合わせて、部分的に木を伐採すること
※4 高齢級林:林分を年齢によって区分した際に老齢林(高齢林)に分類される林v
※5 地拵え(じごしらえ):伐採後に残った木の根や枝、刈り払われた草木などを整理して、苗木を植栽できるようにする作業
※6 活着率:植え付けた苗木が健全に生存していて、根付いた割合
次の世代の林群を育てる
車で移動し、ミズナラやシラカバなどが優占する※7天然林に到着した。足元に茂る笹が枯れているのは、シカの採食による影響だという。
佐藤さん ここは木が密集し、低層木が育っていなかったので、光が入るように間伐を行い、様子を見ているところです。ただ、天然林の施業は答えが1つではないので、この間伐で次の世代が育つ林群に誘導できるかはわかりません。
沖谷さん 笹が繁茂した森では、間伐で光を入れても稚樹が育たない可能性があるんです。そこで、ここでは立ち枯れした立木を残して、倒木更新※8を促すことも意図的に取り組んでいます。毎回模索しながらやってみて、その結果を検証しています。佐藤くんとは、現場で直面している課題について、何を試して結果はどうだったのか、次はどんなことを試すのかと、そんな話ばかりしていますよ。
※7 優占:生物群集で、ある種が優勢の状態にあること
※8 倒木更新:倒れた木を苗床として、次世代の幼木が育つ現象
答えがないから、面白い
山歩きが好きで、若手を誘っては踏査※9に出かけるという佐藤さん。冬はスノーモービルにスキー板を積んで山の上まで上がり、スキーで下りながら測量や調査を行うのも楽しいという。
佐藤さん まだ誰も見ていない景色を見たいんですよ。北海道の社有林は広いので、奥へ行くと30年間誰も足を踏み入れていないエリアがあるんです。衛星写真ではわからない林相※10を見ながら、どこから木を伐り出そうか、どうやって道をつけようかと話しながら歩いているので、うるさくて熊も近寄りません(笑)。
佐藤さんは、営林の仕事を始めて23年になるが、つい最近まで「新人」だったという。大先輩たちに教わりながら、5年に1度の森林経営計画を立てた回数は、今でやっと4回。後輩に教える立場になっても、森の施業に答えはないという。「だからこそ、いつまでも面白いんです」と、本当に楽しそうだ。ここは人工林も、天然林も、人も、次の世代が育っている森なのだ。
※9 踏査(とうさ):調査対象の現場まで実際に足を運んで調べること
※10 林相(りんそう):樹種・樹齢・樹冠などによる森林の状況・形態のこと
(2024年7月24日 現地取材)
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