新林連載者がすすめる森にまつわる映画
森のえいがかん #1
新林連載者のみなさんは、どんな映画を観ている?
森が題材の映画、日々の活動となぜかリンクした森を感じる映画、それぞれの視点で“森にまつわる”映画をご紹介いただきました。
[山川愛さんおすすめ]
悪は存在しない
監督=濱口竜介 2024年公開
映画は、長野県の水の綺麗な山間、皆が慎ましく暮らす町にグランピング施設が建設されるという設定だ。しかもコロナ禍であおりを受けた芸能事務所が、補助金を得て計画したもの。環境や水道(みずみち)を考えていない杜撰なプランに、住人たちは動揺する。心許ない不穏さと共に場面は進んでいく。
グランピング建設のための地元説明会のシーンは、約半年前に私が出席した「森林経営計画」説明会を思い起こさせた。そして、建設計画を咎められた芸能事務所の男性が、山に溶け込もうと急く姿に、自身が重なった。都会から移住してきたうどん屋の女性が、土地の環境について懇々と話すその切実さにも、思いを馳せた。コインの表と裏は、どちらが善でも悪でもない。映画館を出た瞬間、映画のリアルと現実が混ざり過ぎて、私は「山に行かなきゃ」と線路沿いを足早に駆け抜けた。
水の重さ、薪割りの体力、山を歩きながら木の名前を一つずつ口ずさむ姿。どのシーンも美しくて悲しいくらい、身に覚えがある。映画を観た数日後、伐採現場に来てくれた友人が陸わさびを沢山見つけて喜んだことも、忘れがたい一コマとなった。
今日も困惑を抱えて、山に行く。物語に答えは無いのだから。
公式サイト https://aku.incline.life/
[選者プロフィール]
山川 愛(やまかわ あい)
愛知県在住。公益財団法人かすがい市⺠文化財団プロデューサー。金沢美術工芸大学工業デザイン科を卒業後、アートマネジメントの領域で活動。同財団に入職後は、展覧会や演劇公演の企画・広報、昨今は自分史を始めとした市民との協業事業を担当。2021年から亡き祖父の山に入り、山主として自分に何ができるかを模索している。
[柳沢直さんおすすめ]
かぐや姫の物語
監督=高畑勲 2013年公開
高畑勲監督作品の「かぐや姫の物語」は、企画開始から8年の歳月と50億円を超える制作費を投入して完成、2013年に公開された。スタジオジブリには有名な作品が幾つもあるが、本作が秀逸なのはその自然描写である。生物をリアルに描写している、というだけでなく、人々の生業についてもきっちりと描いてあるのだ。冒頭で竹取の翁が竹林で竹を伐採するシーンだが、まず鉈で根元を伐ってから、ひきずって稈を倒している。タケはスギやヒノキと違って中が空洞で重さがないため、梢端が弧を描いて倒れてくれるとは限らない。竹林でのリアルな伐採を描いていて感心した。
もうひとつあげてみたい。上向きの小さな萌黄色の新芽をいっぱいつけた樹が出てきたあと、約20秒後に白い花が地面に散っているシーンが出てくる。新芽の色と形、花の散り方からするとこれはエゴノキであろう。絵は抽象的に描かれているのに、何の樹木であるか想像できるところが素晴らしい。他にも多くの生き物が出てくるが、それらを通して里山の自然と季節の移ろいがきめ細やかに表現されている。
作品の端々にみられる「リアル」が、この作品のモチーフのひとつである日本の自然の美しさにくっきりとした輪郭を与えている。日本の若い人だけでなく、ぜひ外国の方にも見てもらいたい作品である。
公式サイト https://www.ghibli.jp/kaguyahime/
[選者プロフィール]
柳沢 直(やなぎさわ なお)
岐阜県立森林文化アカデミー教授。京都府出身。京都大学理学部卒業。博士(理学)。専門は植物生態学。地質と植生の関係に興味がある。京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の生態を研究。1990年代に里山の調査に参加する中で里山の自然に触れ、その価値を知る。2001年より現職。風土と人々の暮らしが育んできた岐阜県の自然が大好きだが、お隣の長野県ほどメジャーでないのがちょっと悔しい。
[ちぐさ研究室・川上えりかさんおすすめ]
夜明けのすべて
監督=三宅唱 2024年公開
人間が変化していく様子を描いた映画は、どちらかというと苦手だった。「そんなに単純に自分は変えられない」というひねくれた考えが根底にあるからかもしれない。でも不思議と、この映画を通じて描かれる主人公2人それぞれと、その関係性の変化は、観終わった後も2人の今後の日常を見続けたいと思わせるものがあった。
毎月1回PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さんの職場に、最近転職してきた山添くん。実は、彼はパニック障害を抱えている。どちらも表面的には分かりにくく、思う様にコントロールできない自分の体に苦しみながらも、お互いを助けることはできるのではないか、と思うようになる、そんな変化を描いている。人は誰しも、表面には出てこない生きづらさを抱えているのかもしれない。そのことを頭の隅っこにおいて他者と接するだけでも、自分も相手も、少し生きやすくなるのではないだろうか。そして同じように、植物にも全ての生きものにも、表面上には出てこない、深く想像力を働かせて調べることで初めて見えてくる、それぞれの生きざまやそこに至る背景があるはず。そのことを改めて思い出しながら、劇場を出た。
公式サイト https://yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp/
[選者プロフィール]
ちぐさ研究室
2021年に西粟倉村の地域おこし協力隊の2人が結成した任意団体。西粟倉を拠点に、植物や森林に親しむワークショップや展示などの企画のほか、独自に調査活動などを行っている。
連載:ちぐさ研究室の研究日誌
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