森と工芸―漆編
新林では、森林資源を使ったものづくりの中でも、木を伐り、製材して作られるものについて取材を行ってきました。しかし漆は、樹液を材料として扱う異質な存在。漆の木はどのように育てられ、採取され、使われているのでしょうか。漆を扱うものづくりは、どのような未来を描いていくのでしょうか。
漆について知り、漆にまつわる活動をされている方の話を聞いてみましょう。
漆って何だろう?
漆とは、ウルシの木の幹から採取した樹液です。漆を採取できるのは樹齢10~20年ほどの木で、樹液の分泌が活発になる6~10月にかけて、ウルシの木に傷をつけ、滲み出た樹液を掻き取ります。
樹齢10年のウルシの木1本から採れる樹液は約200mlで、汁椀を数個作るだけで使い切ってしまいます。樹液を採取した木は枯れてしまうため、漆掻き職人は「漆の一滴は血の一滴」と呼ぶほど大切に扱います。
漆は一度乾燥すると熱や湿気、酸、アルカリにも強く、縄文時代から塗料や接着剤として活用され、工芸品だけでなく、建造物の修復にも使用されています。
国産漆の生産量はわずか 担い手も不足している…?
1980年には6.6tだった国産漆の生産量は2021年には2.0tと、化学塗料の発達とともに大きく減少しています。以前から漆の供給は外国産、特に中国産漆の輸入によって賄われてきましたが、近年では輸入量も大きく減少しています。
また、2014年に文化庁は伝統的な修復技術の継承のため、国宝・重要文化財建造物の修復に使用する漆を100%国産化するよう通達しました。修復作業だけで年間約2.2tの国産漆が必要となることから、国産漆を用いた漆器製作が難しい所も出ており、安定した国産漆の需給体制が求められています。
さらに、漆を採取する漆掻き職人の高齢化と新たな担い手不足も問題となっています。漆の採取期間は6~10月の5か月間に限られるため、収入を得られる時期が限定されることも漆掻き職人への就労を遠ざけているようです。漆掻き職人が減少するなかで、いかに生産量を増やすかが課題となっています。
漆は樹液を扱うため実態を感じにくい材料。木として生きている姿を想像したことが無い人が多いのではないでしょうか。そんな中で、木としてのウルシ、素材としての漆、それを用いた漆工芸を繋げ、身近に感じられる活動をされているのが、一般社団法人パースペクティブです。
パースペクティブでは、活動の一つとして漆塗りサーフボードを製作しています。また、活動している「工藝の森」では漆の木を育てているそうです。なぜ漆に着目し、育てているのか、共同代表の高室さんとインターン生の本吉さんにお話を伺いました。
パースペクティブの設立経緯について教えてください。
高室さん:私は以前、伝統工芸を世界に伝える仕事をしていました。もう一人の共同代表である堤は、家業で漆精製業を営んでいます。互いに工芸と自然の健やかな関係性について何かアプローチ出来ないかと考えていた頃に知り合い、工藝の伝え手・担い手として共に事業を始めることになりました。
私たちは、ものづくりは自然から恵みを受けて成り立っていると考えています。それゆえに、「うえる」「そだてる」「いただく」「つくる」「つかう」「なおす」という行為が、また「うえる」に帰っていくような循環が大事だと思うのです。この世界観を「工藝の森」と呼んでいて、「ものづくり」と「森づくり」をつなぐような事業を行っています。
拠点とされている京北とは、どのような場所ですか?
高室さん:京北は古くからの林業地で、面積の90%ほどが山林です。長岡京や平安京が作られた頃から昭和初期までは伐った木をいかだに組んで桂川を下り、中心地まで運ばれていたそうです。現在も床柱として使われる北山杉など、良質な木材を生産しています。京北を拠点に活動していると、京都の豊かな文化をかたち作る資源を供給していたのはここの山村の景観なんだと実感が込み上げてきます。
ものづくり事業では何をされていますか?
高室さん:ものづくりに関わる事業としては、漆サーフボード「漆板 Siita」の製作・販売と、ものづくり拠点の「ファブビレッジ京北(Fab Village Keihoku)」の運営を行っています。
Siitaはオーダーメイドで製作しています。ボードの外側には熊剥ぎ材(*1)の杉や桐を、内側には住宅の断熱材として使用されたスタイロフォームを再利用しています。サーフボード職人が形を仕上げた後に、最後に漆でコーティングして完成です。
なぜ漆サーフボードからものづくり事業を始められたのでしょうか?
高室さん:堤は漆製造業の4代目として、業界の衰退に悲観的に考える一方で、自分の仕事が大好きな自然とリンクしていることに気づき、趣味のサーフボードと漆を通して環境問題にアプローチするために、Siitaの製作を始めました。
漆は樹液を使うという生々しさや科学的な魅力に満ちていて、自然を起点にものづくりが成り立っていることを体感するために分かりやすい。伝え手である私にとしても、漆を入り口に工芸の材料の課題、景観や環境へのアプローチがしたいと思ったんです。
単なる材料として木と漆を扱うのではなく、山から川を通して海までを活動領域としたアクティビティの延長としてSiitaを作ることで、「自然資源とものづくりの連環」というパースペクティブの世界観を伝えていきたいと思っています。
森づくり事業では何をされていますか?
本吉さん:森づくりの活動としては、「京都合併記念の森」の一部(およそ2ha)を借り、「工藝の森」のモデルフォレストとして漆を中心に、桐や桑などの工芸素材を育てています。この場所は50年ほど前にゴルフ場として整備されるはずが、計画がストップし放置された場所。そのため、林業が主体の他の京北の森とは印象が違って様々な樹種が育っています。
本吉さん:漆は人が使うために育ててきた木で、日本では自生しにくいそうです。だから手をかけて育ててあげるんですが、地下水があふれて根腐れしたり、鹿に食べられたり、すぐにダメになってしまう。「工藝の森」に共感する人たちのコミュニティで、今も試行錯誤しながら育てています。
今回のお話を通して、漆工芸をはじめとした様々な「もの」について、その背景にある「森」が少し透けて見るようになった気がします。 これから「工藝の森」として目指すものは何ですか?
高室さん:工藝の森の目的は工芸素材の数を増やすことではなく、文化と林業をつなげる学びの場としての機能を果たすことだと考えています。これまでは、大学や企業とのワークショップやアーティストの製作の場として、工藝の森のフィールドを提供してきました。これからも、ものづくりがどのような環境から生まれているのか、考える機会を提供していきたいですね。
取材日:2023年9月20日
*1熊剥ぎ材:熊によって樹皮を剥がれた木材。熊剥ぎ被害による木材価値の低下(腐朽、変色)や枯死が心配される。
■一般社団法人パースペクティブ
〒601-0322京都市右京区京北辻町藤野ノ元48