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シリーズ変わりゆくもの、変わらないもの 吉野林業の500年

日本最古の人工林として500年続く吉野林業は、独自の造林技術や製材技術によって美観・性能ともに優れた吉野材を産出し、美し …

時代が変わっても揺るがない「木の持ち味」があります。 吉野中央木材株式会社/石橋輝一さん

変わりゆくもの、変わらないもの①

吉野製材団地の近くを流れる吉野川

昭和14年、吉野川の中洲にある吉野貯木場のなかに、吉野製材団地が完成しました。以来吉野町は吉野の木とまちの暮らしをつなぐ「川中」の役割を担い、吉野材の持ち味を活かした製品づくりを続けてきました。
吉野では、長い歴史のなかで林業がどのように変遷し、川中の人たちによってどのような価値が生み出されてきたのでしょうか。団地設立当初から続く吉野中央木材株式会社の三代目であり、川中の後継世代でつくる「一般社団法人 吉野と暮らす会」の代表を務める石橋輝一さんにお話を伺いました。


石橋輝一さん
1978 年奈良県生まれ。札幌での学生生活、大阪や東京での仕事を経て、27 歳で家業の吉野中央木材に入社。吉野杉や吉野桧の魅力を多くの人に伝えるため、異業種とのコラボやイベントの開催など、木の暮らしを広める活動を行う。地元吉野の製材、集成材、木工の後継世代が中心となった「吉野と暮らす会」の代表も務める。


「吉野の天然林は古くから寺社や都の大型建造物に利用されていましたが、吉野材が大量に産出されるようになったのは、豊臣秀吉の時代に入ってからだと言われています。吉野は大阪から近く森林資源が豊富なため、大阪城や伏見城を築城する際の普請用材の産地としてうってつけだったのです」

酒を入れる容器として使われていた樽

「その後江戸時代中期には、上方の酒を江戸へ運ぶ樽や、酒を仕込む木桶の材料(樽丸)として使われるようになります。吉野産の樽丸は目が詰まって節が少ない天然の吉野杉から作られていたので防水性が高く、ほのかな木香が付き、色移りしないと評判になりました」

吉野の天然林は多様な植物が密生して光が十分届かないので、木の成長が遅くなり、枝が落ちて上へ上へと伸びて真っ直ぐに育ちます。そこで森林資源が減った吉野では、天然林の環境に寄せて木を密植する「密植林業」を始めました。密植林業は手間も時間もかかりますが、樽丸としての需要が高く、手間をかける価値があったのです。

ところが明治に入るとガラスの一升瓶が登場し、戦後には仕込みに使う木桶が大型のステンレスタンクやホーロータンクに切り替わっていきました。

幸い時代は戦後の復興期をむかえ、住宅ブームの昭和30年代から50年代には、樽丸の需要と反比例するように建材の需要が増えていきました。また、太い木の芯を外した芯去り材、真っ直ぐな木目を見せる柾目材、幅広の一枚板など、樹齢200年を越す大径材からしか取れない高級材が売れ、吉野はかつてないほどの活気に溢れました。

「現在はいわゆる樹齢200年を越すような大径木の需要は少なくなりました。現在の工法では節が見えても年輪が詰まっていなくても問題ないと言われてしまうからです。需要は右肩下がりですが、木材工場も減ったので商売としては成立しています。むしろ住宅ブームの頃が特殊だったのかもしれません」

「今は、気候変動による土砂災害の危険性が高まり、森林保全が課題ですね。今のままでは木材の循環利用が立ち行かなくなり、10年後は大丈夫でも100年後はこの森林を維持できないでしょう。僕たちがいま一番考えなければならないのは、吉野材の持ち味をどう引き出して利用していくか、というところです」

そこで2009年、石橋さんたち林業関係者と地元の酒蔵が協力し、吉野の百年杉を使った木桶仕込みの日本酒づくりをスタートさせました。また同時期に香川県小豆島のヤマロク醤油では、木桶づくりの技術を後世に残すため、木桶職人復活プロジェクトが始まりました。

復活させた吉野杉桶

木桶は木材の表面の穴に微生物が住み着くことで独特の風味や味わいをつくります。昨今の発酵食品ブームによって天然醸造による唯一無二の味わいに付加価値を感じる消費者が増えるなか、これらのプロジェクトを通じて木桶の特性が再評価され、吉野杉の桶材の需要が復活しました。

赤身と白太の境目の「白線帯」

「これが大桶用の木材です。味噌や醤油は分子が大きいので、漏れのリスクより桶自体の丈夫さを重視して、赤身で木取りする場合が多いんです。一方、日本酒は赤身と白太の半々で木取りします。赤身と白太の境目の白い部分は白線帯といって、最も防水性が高い部分なんです。ここを木取りした甲付(こうつき)と呼ばれる部分でつくる桶は甲付桶(こうつきおけ)と言って最も高級な桶になります。原木の性質をよく判断して、その木に最も適した木取りをすることが重要なんです」

吉野杉の家

また石橋さんが代表を務める「一般社団法人 吉野と暮らす会」では、2016年に「HOUSE VISION2016東京展」に参加しコミュニティハウス「吉野杉の家」の運営をするなど、吉野材の価値づくりに積極的に取り組んでいます。

「私たちの仕事は吉野の木とお客様をつなぐことです。木の特徴を考えながら木と暮らしたい人の気持ちに寄り添って提案していくこと。それが吉野の山の持続的な循環を支えていくことだと信じています」

変わらない「木の持ち味」をどのように今の時代に活かしていくか。木の価値をどうやって山へ還元するのか。吉野の長い歴史のなかに、その答えが見つかるのかもしれません。

 (取材日:2023年7月20日)


吉野中央木材株式会社 http://www.homarewood.co.jp/
奈良県吉野郡吉野町橋屋57 TEL 0746-32-2181
昭和14年創業。吉野杉・吉野桧を扱う製材所。住宅や店舗、寺社などの建築材、大桶や木製タンクの材料などをオーダーメイドで製造する。

吉野と暮らす会 https://yoshinochoboku.com/
「吉野杉の家」の予約はこちらから

ヤマロク醤油 https://yama-roku.net/

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