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新林
今、木を伐る理由③ 環境の関連画像

シリーズ今、木を伐る理由③ 環境

森林の多面的機能を高め、未来に美しい緑と水を残すための取り組みとは?

スギの新しい価値を創造し、山の保水力を蘇らせる 〈神山しずくプロジェクト〉統括責任者 渡邉朋美さん(キネトスコープ社)

今、木を伐る理由③ 環境

森林と川の枯渇問題に光を当て、2013年からスギ材を使った木製品づくりに取り組んでいる徳島県の〈神山しずくプロジェクト〉。水資源を守るために木製品を生産し、森に光を入れ、土壌を回復させる。この途方もなく長い道のりの10年目の現在地とは?プロジェクトの統括責任者を務める渡邉朋美さんにお話を伺った。


渡邉朋美 キネトスコープ社
静岡県富士市出身。証券会社勤務を経て、海外を放浪。
2014年に神山町へ移住し、キネトスコープ社に入社。〈神山しずくプロジェクト〉統括責任者。


神山町の地図

かつて林業で栄え、町の8割を森林が占める徳島県名西郡神山町は、移住者の受け入れを推進した地方創生の取り組みで全国から注目を集めている。〈神山しずくプロジェクト〉もまた、大阪から移住したデザイナーの廣瀬圭治さんが発足したプロジェクトだ。

川の水が減ってしまった町

SHIZQ 鶴シリーズ ナチュラルな木目を生かしたクリアコーティング仕上げ

スギ特有の赤と白のコントラスト、横縞の美しい木目、滑らかな曲線フォルム。木工芸の常識にとらわれない独創的なデザインと徳島の伝統技術が融合した〈SHIZQ〉シリーズは、森林課題を啓発し、スギ材に新しい価値を見出したプロダクトとして国内外で数々の賞を受賞している。

「プロジェクトの代表を務める廣瀬は、神山町での生活を始めるなかで、自分が『豊かな自然』として見ていた森林のほとんどがじつは人工林だったこと、間伐されず放置されたスギ林の保水力が失われ、神山町を流れる鮎喰川(あくいがわ)の水量が30年前に比べて3分の1まで減ってしまったことに大きな衝撃を受けたそうです。このままでは30年後の川はどうなってしまうのか、という廣瀬の強い危機感がすべての事の発端でした」

素人の発想から生まれた美しい形

木取りの様子。放射線状にマークが入っている

「地元の人たちがスギの価値を見失ってしまったのなら、スギを使った新しい商品を自分たちが作ることで、スギの価値を再発見してもらえばいい。木の器なら毎日の食事で使ってもらえて、人から人へと伝えていくことができるし、デザイナーのスキルを活かせるはず。そうやって小さくても経済循環をつくることができれば、継続が難しい環境保護のプロジェクトでも続けられるんじゃないか。そんな考えでスタートさせたのが〈神山しずくプロジェクト〉なんです」

SHIZQの木の取り方(*1)

スギ材は、中心部分と外側で赤と白の2色に分かれており、このスギらしい個性にフォーカスし、考案されたプロダクトが〈SHIZQ〉だ。一般的な木取りの常識からかけ離れていたこと、柔らかいスギ材が木工ろくろによる加工に不向きだったことから、当初は誰からも相手にされず、木を知らない素人の発想だと一蹴された。

「プロジェクトの理解者を得るにはとても苦労しましたが、高い技術を持った木工職人さんや、手間のかかる製材に付き合ってくださる製材業者さんとの出会いに恵まれ、着想から半年がかりで〈SHIZQ〉のプロトタイプが完成しました。結果的には『素人の発想』を貫いたことで美しい器をつくることができましたが、作業効率を度外視した『素人の発想』ゆえの、ものづくりの苦労も沢山ありました」

スタッフ総出のものづくり

空気が乾燥した冬が伐採シーズン。スタッフも山に入りスギを伐り出す

〈神山しずくプロジェクト〉で使う木は、建材用の製材方法と異なることが大きな壁となり、自分たちで山から伐り出すところから材を調達することになった。スタッフは、薪割り用の斧やチェンソーの使い方、フォークリフトの操縦などのスキルを身につけ、毎年冬の伐採シーズンに入るとスタッフ総出で伐採、製材、割れ止めの塗布を行い、自然乾燥で1年半かけて木材を乾燥させている。また器にならない端材から薪を作り、チップからエッセンシャルオイルを開発するなど、余すところなく利用している。

1本の木からSHIZQの商品になるまで

「伐倒シーズンは本当に大変なんですけど、職人や製材業者だけでなく、私たちスタッフも山に入って一緒に仕事をしてものづくりの一旦を担うことは、木を理解する上でも大事だなと思っています。また、一緒にものづくりをする製材所の方や職人さんが、たくさんの地元の方たちとのご縁を取り持って下さったことがとてもありがたかったですね。私たちの活動は本当に一滴のしずくのようなもので、そこから波紋のように活動の輪が広がっていくのが、このプロジェクトの本質なのかもしれません」

森林の保水力を蘇らせるために

〈神山しずくプロジェクト〉が10年の時を経て大きな流れとなったことで、神山杉をブランド化していこうという気運が高まり、神山町産材の認証制度が整備されるなど、活動は大きな広がりを見せている。スギの新しい価値を創造し、新しい山の経済循環をつくるという当初の目的は達成しつつあるなか、今後の活動はどのように進んでいくのだろうか。

「今のところ、間伐だけではスギ林に光が入っただけなんですね。やっぱり本当の意味で森林の健全な姿を取り戻すためには、素材生産以外の森林の公益的な機能に目を向けて森林整備をする必要があると思っています。そこに自分たちが関わっていけたらいいなと思って、勉強しているところです。まだまだ先は長いですね」

(2023年1月19日zoom取材)


 (*1)^SHIZQの木の取り方
一般的な木取りは無駄が出ないよう縦横隙間なく取るため、一般的な木製品は縦縞模様が多いが、SHIZQのプロダクトは放射線状に木取りすることで、赤身が入った横縞模様となる

写真・図版提供:神山しずくプロジェクト

■ 神山しずくプロジェクト https://shizq.jp/
SHIZQ STORE 
 771-3310 徳島県名西郡神山町神領字西上角194 / TEL.050-2024-2090
 営業時間: 10:00 – 16:00 ※12-13時はお昼休憩月火定休(祝日は営業)
■ ONLINE STORE https://shizq.store/

執筆者
神尾 知里
兵庫県出身。浜松市在住。浜松市内を中心にライターとして活動しています。

スギの新しい価値を創造し、山の保水力を蘇らせる 〈神山しずくプロジェクト〉統括責任者 渡邉朋美さん(キネトスコープ社) 掲載号

新林 第6号の表紙

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