薬用養命酒×クロモジで守る地域の森 / 岡谷市役所 宮坂佳幸さん、養命酒製造 片桐雅博さん、堂薗茂樹さん

長野県のほぼ中央。諏訪湖から急勾配の山道を抜けた標高1000mほどの丘陵地に、カラマツ林が広がる「岡谷市湊財産区(以下、湊財産区)」があります。この森を守るために始まったのが、カラマツ林に群生するクロモジの収穫です。収穫したクロモジは〈薬用養命酒〉などの原料として養命酒製造株式会社(以下、養命酒製造)に出荷しています。
地域住民が管理する「財産区」の山
湊財産区は、1955年に岡谷市と湊村が合併するまで、湊村の村有林として管理していた山林です。合併した際、木を植えた湊村の人たちからの“この森を市有林ではなく旧湊村の人たちのために使ってほしい”という意向により「湊財産区」という形で山を保有・管理することになりました。

お話を伺ったのは、湊財産区の事務局として山を整備する岡谷市役所の宮坂佳幸さんと、養命酒製造の片桐雅博さん、堂薗茂樹さん。湊財産区と養命酒製造は、10年前からクロモジの活用による森林保全に取り組んでいます。
宮坂さん「財産区という言葉にあまり聞き馴染みがないかもしれませんが、さまざまな事情で山林や温泉などを財産区として管理することはよくあります。ここは247haほどの山林ですが、財産として管理する木の値段が良かった時代には、ここから出した木材の利益で、地域の小学校にピアノを寄贈したということもあったそうです。しかし現在は、木材の利益の大半は財産区の管理・運営に充てています」

片桐さん「当社では長年〈薬用養命酒〉の原料の一つであるクロモジを、生薬専門の商社を通じて東北地方から仕入れていました。ところが東日本大震災の影響によって東北産のクロモジが仕入れらなくなり、サプライチェーンの再構築が急務となりました。そこで、我々が全国各地を回って新たな原料調達先を探し、出会った山の一つがここ湊財産区です」
〈薬用養命酒〉に使用する生薬の原料は、クロモジを含め全部で14種類。ほとんどの生薬が中国産に依存する中、クロモジは唯一「国産原料100%」で調達してきた原料です。震災以降、養命酒製造ではクロモジの長期安定的な確保に向けて、クロモジの収穫や植林・育林を自治体等と連携して実施しています。
日本有数のクロモジ山

湊財産区のカラマツ林には、養命酒製造の片桐さんも「私が見てきた中でも、日本有数のクロモジ山」と太鼓判を押すほど、クロモジが群生しています。
宮坂さん「湊財産区では、これまでクロモジを特別に選定して育てたことも、植林したこともありません。ただ、ここは冬になると気温が零度を下回ります。クロモジは耐陰性と耐寒性に優れていますから、この土地の冷涼な気候風土と、カラマツ林によって適度に日光が遮られる環境が、クロモジの生育に適していたのだと考えています」
片桐さん「他の地域でも情報をいただいて探しに行っていますが、ここまでクロモジがある山はなかなか見つからないですね。量もさることながら、道が整備されていていることが我々にとってはとてもありがたいです」
直径1cm以下の理由

宮坂さん「クロモジの収穫は、葉が落ちた11月終わりから4月頭くらいまで行います。ただし年末から2月終わりくらいまでは雪で収穫できません。出荷するのは直径1cm以下の細い枝です。伐採した枝を束にして出荷します。収穫は普段私と事務局長の2人で行いますが、財産区管理会の方たちや養命酒製造の方もいらっしゃいます」
堂薗さん「買い取ったクロモジは、当社の工場で重さが約半分になるまで半年ほどかけて自然乾燥させます。それを細断加工し、チップ状にして使用します。以前はチップの状態で仕入れていましたが、今は乾燥・細断加工を自社でも行います」
この山には直径3㎝以上はある太い枝のクロモジも多く自生しています。あえて細い枝に限って収穫している理由とは何なのでしょうか?
堂薗さん「細い枝の出荷をお願いしている理由は二つあります。一つには、クロモジの香りや精油成分は、木の中心部よりも樹皮に近い部分や若い枝に多く含まれているということです。当社では、クロモジを〈薬用養命酒〉の他に、お酒の〈ジン〉に使用しています。〈薬用養命酒〉の原料は一定規格サイズの太さ以下のクロモジを使用していますが、〈ジン〉には香りが強い直径1cm以下の細い枝、葉っぱをそれぞれ蒸留し、調合して風味を整えていますので、細い枝が必要になります」
片桐さん「もう一つの理由は、収穫にかかる身体作業強度の違いです。〈薬用養命酒〉に使用されるクロモジとなると、高さが6mにもなります。それを伐採して束にし、担いで道まで出すのはかなりの重労働です。長野県内ではクロモジの収穫する方たちの高齢化が進んでいるため、作業負荷の少ない細い枝の出荷を提案させていただきました」
クロモジとそっくりなウリハダカエデ

宮坂さん「確かに、以前は長く重いクロモジの束を道まで出しましたが、とても大変でした。ただ直径1㎝以下の若い木は、ウリハダカエデと樹皮が似ていて見分けが難しいのですよ。大きく育てばウリハダカエデの樹皮に縞模様が出てきますし、葉があるうちは葉の形で見分けがつきますが、落葉した後の細い枝はそっくりですよね」
片桐さん「一番簡単な見分け方は、枝の分かれ方です。ウリハダカエデは同じ場所から両側に枝が出ますが、クロモジは交互に出ますよ。あとは香りを確かめるしかないですね」
和ハーブとして人気のクロモジ

甘く爽やかな香りが特徴のクロモジは「烏樟(ウショウ)」という生薬名で呼ばれ、胃腸の働きを整える生薬として〈薬用養命酒〉に配合されています。加えて、その香りの主成分「リナロール」には、鎮静、抗不安、抗炎症作用などが含まれており、日本固有種の香木からつくられる和精油や和ハーブ茶としても人気の植物です。
宮坂さん「この山には養命酒製造さんに出荷できない太いクロモジもたくさん自生していますので、今後はエッセンシャルオイルなど、太い枝の活用方法についても検討していきたいと思っています」
持続可能な原料調達と森林保全に向けて

今後の課題は、クロモジという新たな財産をいかに枯渇させず、長期安定的に収穫しながら森の生態系を守るかということ。そこで湊財産区では、さまざまな条件でクロモジの萌芽更新を促す森林整備を研究しています。
宮坂さん「クロモジは実生(みしょう)※1で生えてくることもありますが、株でも結構増えてきます。いろいろと実験を重ねていますが、この山の環境で、どれくらいのサイクルで萌芽更新するのかはまだ分かっていません」
片桐さん「ここでは若い木を収穫するので、伐採から5年か7年くらいのサイクルで収穫できるようになると、収入の面でも理想的ですね」
堂薗さん「クロモジはどちらかというと、根元から伐ってあげた方が周りから沢山萌芽しますよ」

カラマツを材として出荷するために森林整備をしてきた湊財産区の人にとって、クロモジは、カラマツを太らせるために間伐をして、その隙間に出てきた雑木に過ぎませんでした。しかし、養命酒製造との連携で、クロモジの新たな価値を見出せたことは、この山の未来にとって重要な意味をもたらしました。
宮坂さん「今、この山は主伐期を迎えた樹齢70年のカラマツがたくさん植っています。仮に毎年 30haずつ伐っていくと、たった8年ですべて伐り尽くしてしまいます。また、今育てている幼木から間伐材が取れるようになるまでも、何十年とかかります。近い将来カラマツの収入が無くなる時代が来ても、森林整備の費用を賄える収入源があるということは、湊財産区の森林保全にとって、とてもありがたいことなのです」
現在、原料調達の取り組みはクロモジ以外の原料へと広がり、各地の農業法人や福祉施設と連携し、ジオウやヤクモソウ、ボウフウの栽培が進められています。養命酒製造の安心・安全で長期安定的な仕入れ調達の取り組みは、まだ道半ば。これからも地域との連携による森林保全や地域の活性化につながる取り組みが広がっていきそうです。(2026年5月14日現地取材)
※1 実生:種から発芽して育った植物のこと
岡谷市役所
湊支所・湊財産区 岡谷市湊公民館 宮坂 佳幸さん
1977年長野県岡谷市生まれ。長野県林業大学校卒。実家は桶屋と漬物屋。高校時代にレイチェル・カーソンの『沈黙の春』に触れ、環境問題に興味を持ち林業を学ぶ。地元でできることはないかと考え1997年に岡谷市役所入庁。現在、和精油、芳香蒸留水の抽出装置を自作して実験中。
養命酒製造株式会社
駒ヶ根工場次長 兼 生産管理グループリーダー 片桐雅博さん
1994年入社。工場設備関係の業務を中心に、生薬栽培にも深く携わる。「クロモジ」の繁殖技術を研究し、困難とされていた育苗技術を確立した。2022年農学修士を取得。
養命酒製造株式会社
商品開発部 商品開発センター 主任 堂薗茂樹さん
1992年入社。2018年から国内生薬の栽培と調達を担当。現在は耕作放棄地を活用したクロモジ栽培などに取り組む。
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