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シリーズ今、木を伐る理由① 地域経済と生業

森林資源に新たな価値を創造し、地域経済を守る取り組みとは?

「百年の森林」を育て「生きるを楽しむ」村をつくる 西粟倉村役場・地方創生推進室/上山隆浩さん

今、木を伐る理由① 地域経済と生業

過疎化が進む山村で、人工林の手入れが行き届かないままになっている—。
日本中の中山間地域が抱える過疎化と森林の問題に、行政が主体となって取り組んでいる村がある。


上山隆浩(うえやま たかひろ)
岡山県西粟倉村 地方創生特任参事。2009年より西粟倉村産業観光課長として西粟倉村内の地域資源を活かした地域活性化や、ローカルベンチャーの発掘と育成に力を注ぐ。2017年に地方創生推進班の設立とともに地方創生特任参事に就任。2020年より現職。


岡山県最北東部の村・西粟倉村(にしあわくらそん)は、人口1,400人の小さな村だ。面積の9割が森林に覆われ、そのうち8割はスギ・ヒノキの人工林だという。村では2008年に「百年の森林(もり)構想」を掲げ、村最大の資源である森林から地域経済をつくり、新たな雇用を生み出そうというプロジェクトが始まった。あれから15年、森林を起点にさまざまなチャレンジを続ける西粟倉村を訪ねた。

山も村も諦めない

村の人たちと上山さん

「すべては、西粟倉村が2004年に『平成の大合併』を拒み、自立の道を選択したことから始まっています。合併をしないと決めたはいいけれど、村としてどうやって生き抜くのか。それが問題でした」

かつて村を支えた林業の衰退、過疎高齢化、財政の逼迫。厳しい状況のなか自力で財政再建することになった村は、総務省の『地域再生マネージャー事業』を活用し、コンサルタントとして外部から招いた民間企業とともに、3年かけて議論を重ねた。

「仕事がない、特産物もない、うちの村には何にもないといった話が続くなか、議題に上がったのが村の面積の9割を占める森林でした。西粟倉村では戦後に植えられた木が収穫期を迎えていましたが、木材価格が安く、林業に従事する人がいないという中で、木材の価値が認められずに、山が放置されるというような状態が続いていました。この森林資源をなんとかできないかという話になったんです」

2008年に掲げた「百年の森林構想」は、「約50年生にまで育った森林の管理をここで諦めず、村ぐるみであと50年育て、美しい百年の森林に囲まれた上質な田舎を実現していこう」というもの。このビジョンを達成するための具体的なプロジェクトが「百年の森林事業」だ。

村ぐるみの森林管理プロジェクト

(株)百森が管理する土場。現在の森林事業は、川上を(株)百森、川下を百年の森林協同組合が担っている

「百年の森林事業」は、森林を集約・管理する川上の事業と、木材を6次産業化する川下の事業の両輪で取り組むプロジェクトになっている。

当初は、川上で村と森林組合が森林所有者の山を10年契約で預かる仕組みを整え、村が主体となって契約者の森林を管理できるようにしていた。こうすることで森林所有者は間伐費用の負担がなく、木材収益の一部が還元されるようになった。川下では、これまで原木市場に出していた木材をすべて村内の森林組合に出し、森林組合から木材加工業者に販売する新たな流通経路を構築した。また村内初のベンチャー企業である〈木の里工房 木薫〉に続き、木材製造・販売会社〈株式会社西粟倉・森の学校〉、家具・建築の〈ようび〉が起業すると、木製品による西粟倉産のブランド化が進められた。

西粟倉関係図
施業の流れ、お金の流れ、木材の流れ、人の流れの関係図

「我々は買い手が価格を決定する市場の価格メカニズムから外れたかったので、これまで原木市場に出していた木材をすべて地域の中で一定価格で取引し、それを内製化する仕組みを意図的に作ったんです。木材を家具や内装材に加工すると付加価値が付くので、地域内の生産額も上がりますよね。自分たちで価格を決めることができるし、木製品を作るための新たな雇用が生まれる。それが地域の中の給料として落ちるので、最終的には地域の中の経済循環を高める作用になるんです」

村をひとつにした言葉の力

「百年の森林構想」というストーリーは、多くの人の心を動かし村を支える力となった。今では西粟倉産材の生産が追いつかないほどだ。

「『百年の森林構想』というのは言わばキャッチコピーですよね。大事なのは、村が目指す50年後のビジョンと森林整備のプロジェクトを一緒に動かすこと。それによって何のために事業をやっているかというのを明確にすることです。村の人たちも、あと50年なら子どもや孫のためにがんばろうという気持ちになりますし、村への共感から移住や起業の活性化につながったと思います」

資源活用から再生エネルギー事業へ

西粟倉では良い木を残し、成長の悪い木や将来性の悪い木を伐って百年の森林を育てているので、決して良い木ばかりを伐り出しているわけではない。

「10本伐ったとしても、家具や建材に使えるのは3本ぐらいなんですよ。残りの5本は合板材になり、残り2本は合板材にもなりません。そこで西粟倉村では若い人たちが地域の中に熱エネルギー事業会社を作って、合板にもならない木を薪にして、温泉のお湯を沸かす事業や、公共施設の暖房や給湯に使うような形で、熱エネルギー化する事業が始まったんですね。 そうやって山から出てくる木材のほとんどを利用しています」

チップボイラーの熱供給システム

村内で流通経路が確立されているからこそバイオマス熱供給事業を進めることができた西粟倉では2013年に「環境モデル都市」、2014年に「バイオマス産業都市」の選定を受け、小水力発電、太陽光発電など小規模分散型の再生可能エネルギーの導入を推し進めた。

「2019年には『SDGs未来都市』の選定を受け、現在では林業だけではなく、教育や介護、エネルギー、モビリティなど、起業分野にソーシャルな広がりが出てきたので、『百年の森林構想』だけでなく、みんながいっしょに取り組める新しい旗が必要になりました。そこで村では2017年に地方創生推進班を創設し、『生きるを楽しむ(well-being)』というもうひとつの旗を立てて、その後プロジェクトを進めています」

チャレンジできる村

起業家たちのオフィスやショップが集まった「旧影石小学校」

西粟倉では2015 年から『起業+移住』をコンセプトとした『ローカルベンチャースクール』プログラムを開始し、都市部からの起業・移住者を増やしている。また2016年には、東京のNPO法人と共に、地域の新たな経済を生み出すローカルベンチャー(*1)の輩出・育成を目指した〈ローカルベンチャー協議会〉を設立。今までに村で52社が起業し、そのうち50社が事業を続けている。

*1 ローカルベンチャー:地域を舞台として価値創造に挑戦する事業体

「人口が少ないので役場の職員数や財政にも限りがあり、職員がすべての事業を抱え込むことはできないんですよ。村の事業を業務委託できる起業家を村内で育成することは、村全体のパフォーマンスを高めると同時に、村の人口維持や村の経済循環につながるんです。そうやって小さい村の身の丈に合った考え方をすればいいし、小さい村だからこそできることがあると思っています」

上質な田舎とは

〈西粟倉・森の学校〉が運営する可能性発掘基地〈BASE 101% -NISHIAWAKURA-〉のレストラン

「森林事業においても、これまで行政と森林組合が行ってきた森林の集約・管理事業を2017年に民営化し、新しい森林整備組織の運営をローカルベンチャースクールに参加した起業家たちに託しました。2019年には村内の事業者による『西粟倉 百年の森林協同組合』が設立されるなど『チーム西粟倉』としての強度は以前よりずっと高まっていると思います。また同年には『百森ver2.0 』が始まり、これまでの素材生産を中心とした森林整備だけでなく、経済林を自然林に更新し、災害に強い森をつくる事業や、森林の多様な価値を最大限引き出すための森林の再構築に取り組んでいます」

村の中央を南北に走る智頭急行と山並みの間に集落が形成されている。その間に走る国道375号沿い約1Km圏内に役場庁舎、保育園、小中学校、介護施設が集約されている

多様な人材を受け入れることで、山も人も持続可能な地域をつくり、自主自立を貫いてきた西粟倉村。最後に、上山さんが思う「上質な田舎」について聞いてみた。

「僕のイメージする上質な田舎は、美しい自然と地域の経済循環、多様性、それから再生可能エネルギー。そういった地域レジリエンスにつながる要素が揃った上に、それぞれの健康で幸せな暮らしがある田舎です。それを実現するための予算と人を集めてくるのが僕の仕事ですね」

(2022年12月15日zoom取材/2022年12月22日現地取材)

執筆者
神尾 知里
兵庫県出身。浜松市在住。浜松市内を中心にライターとして活動しています。

「百年の森林」を育て「生きるを楽しむ」村をつくる 西粟倉村役場・地方創生推進室/上山隆浩さん 掲載号

新林 第6号の表紙

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