国際シンポジウム「Le bois, source de ressource durable」からフランス企業と森について考えてみる
昨年秋、フランスの国有鉄道SNCFが主催する国際シンポジウム「Le bois, source de ressource durable:木材、持続可能な資源について」に日建設計コンストラクション・マネジメント株式会社(以下、NCM)の吉岡が参加しました。シンポジウムを振り返りながら、フランスにおける企業と森の関わりについてディスカッションします。
登場人物
吉岡優一|NCM サステナビリティ推進室 ディレクター
小野奈津実|NCM 新林編集部1年目の森林初心者
小野 去年の秋にフランス出張していたそうですね。
吉岡 「日仏工業技術会」という両国の技術を紹介し、技術者の交流を図る団体があるのですが、その団体で理事をされている東京理科大学の岩岡竜夫教授からお声がけをいただき、フランス国有鉄道の関連会社SNCF Réseauが主催する国際シンポジウムで、当社の活動について発表してきました。
Le bois, source de ressource durable
[会期]
2023年10月23日~27日
[シンポジウム会場]
エコール・ド・パッサージュ(ヴェルサイユ)
[現地視察]
ナンシー(INRAEサイト、現地の森)
[主催]
SNCF Réseau及びécole nationale supérieure de paysageなどによる共催
このシンポジウムでは、フランス森林資源史、政策立案、データ分析、気候変動と植生分布、森林における生物多様性、森林管理、木材輸入の現状、木材産業、担い手の課題など多様なセッションのテーマがあり、それを企業、研究者、国際機関からの招聘者それぞれの視点によるプレゼンテーションとディスカッションをしていきました。特に、歴史から建材、気候変動まで横断的に話しているのが面白くて、現地の方も新しい取り組みだと仰っていました。
小野 「森林」「木材」というキーワードを多角的な視点から議論するというのは面白いですね。鉄道会社が主催をしているというのも興味深いです。
吉岡 SNCF Réseauはインフラ管理会社で、枕木に木を使ったり、沿線の森林を整備したりとか、元々森林とは関係がある企業なんです。例えば木材利用に関してだと、丸太の真ん中の部分を枕木として木取りしたあと、それ以外の細い材料を駅舎のルーバーに使ったり、皮のところは燃料に使ったり、適材適所に利用していたりするんですよね。
小野 なるほど。印象に残ったセッションは何でしたか?
森林と都市開発の関係は各国共通?
吉岡 全てのセッションが興味深かったのですが、中でもフランスの農学者でエンジニアでもあるJean-Marie Ballu(ジャン=マリー・バリュ)さんの歴史の話はすごく面白くて、各時代の都市化と合わせて森林伐採されてきた歴史は日本とフランスの類似性を感じました。
小野 類似性ですか?
吉岡 例えば、日本では平城京や寺院仏閣などの大規模建築技術の伝来に伴った都市化によって、近畿圏の建築用木材が枯渇するほど森林伐採が進みました。同時期のフランスでは人口増加に伴った都市化によって食料確保が困難となり、農地開墾つまり森林伐採が進んだそうです。また17世紀になると、資源量をコントロールしながら育成する林業を行い始める時期で、日本では徳川幕府下(戦国大名下の領内における乱伐後※1)、フランスではルイ14世下(船舶用の需要が大幅に拡大し荒廃が進行※2)の中央権力によるトップダウンによるものだったことも類似性があります。産業革命以降は、燃料が木から石炭に変わり、世界大戦を挟み経済成長をしていく中で、国内資源が潤沢にあるにも関わらず、輸入原木に頼る構造なども似ています。現代は、担い手が足りず、管理が十分に行き届かないことで徐々に森林が高層林化しているというのも共通ですね。
※1 参考文献:コンラッド・タットマン『日本人はどのように森をつくってきたのか』築地書館(1998)
※2 参考文献:Jean-Marie Ballu『Bois de Marine』CNPF-IDF(2014)
小野 森林伐採が問題になった時代から、現在は管理しながらも伐る必要がある時代に突入したのも類似しているんですね。
吉岡 そうなんです。またフランスでも担い手の不足は深刻化しているので、伐ればいい、使えばいいと簡単に言っても、成立しません。そこで働く人の生活をどう魅力的に伝えていくかも同時に大きな課題であるとのことでした。
植生変化と気候変動への危機感
吉岡 驚いたのは、多くの発表者が気候変動の話をしていたことです。フランスでは、温暖化の影響で、気候区分が北上し、乾燥化が進行しつつあるそうです。そのためこれまでと同じ植物が成長しづらくなっているそうです。また森林政策において大きな転機となったのは、1999年12月にフランス北中部を襲った2つの巨大な暴風雨で、フランスでは年間木材生産量のおよそ3倍の木がなぎ倒され、周辺国のドイツやスイスでも同様に風倒木被害が発生しました。フランスでは、特に収穫期を迎えていた国有林での被害が甚大だったということでした。
小野 え?年間木材生産の3倍ってものすごい量ですね。
吉岡 すごいですよね。そこから数年で森林保全を強化する方向に森林法が改正されました。もちろん、EU全体でも森林の持続的管理と多面的機能を推進する流れはあったのですが、木材増産をしながら森林保全を強化する具体策な国家プログラムを倒木被害地を中心として推し進めることになったそうです。
小野 植生の変化や大規模災害が、人々の気候変動への危機感の高まりや具体的な法律の改正に繋がっているのですね。吉岡さんはどんな発表をしたんですか?
担い手と共有する原体験としての木こり活動
吉岡 はじめに日建設計グループの木造プロジェクトを簡単に紹介したあと、NCMとしては「木を使うことばかりで植えたり育てたりすることを知らないままでいいのか?」という反省意識のもと、この『新林』というメディアや、木を伐るという「原体験」をつくる木こり活動を行っているという話をしました。
小野 プレゼンではどんな反応がありました?
吉岡 欧州木材連合の事務局長の方は、コンサルティング会社がここまで現地に寄り添いながら活動をしていることにとても驚かれていました。その中でも、木を伐る活動に興味を持ってくれて「森林の『担い手』が経済的に自立して豊かな状況を作っていくことが、木材産業全体を支えることにも繋がるから、原体験を通して森林をしっかりと知るということ自体にも欧州と同じ課題感があり、とても共感します」と仰っていただきました。
小野 1次産業に関わる担い手における課題は、共通なんですね。その中で、原体験を共有すること、実際に体験することは大きな意味がありますよね。私も先日の山形県西川町での木こり活動に初めて参加して、具体的にイメージできるようになってきました。ほかにはどんなプレゼンがあったんですか?
木材輸入と資源活用のアップデート
吉岡 フランスの木材利用に関連してルーマニアのトランシルバニア大学林業学部教授Valeriu-Norocel Nicolescuさんがプレゼンをしていました。ルーマニアはヨーロッパへ、多くの木材を輸出する国なんです。
小野 輸入についてはどんな話があったんですか?
吉岡 EUは適切に管理された森林の木材しか輸入してはいけないという規制強化をしたんですね。このセッションでは輸入元の森林保全にコミットしながら、適切に管理された森林資源を使っているか?トレーサビリティを持って仕入れているか?といったいわゆるFSC等の森林認証を含めたディスカッションをしました。フランスはEUなどの広域経済圏、旧植民地もあり、日本とは異なるグローバルなサプライチェーンを前提とした環境貢献への多様なアプローチをみることができました。
小野 日本では国産材を使おうという動きがありますが、フランスでは国産材利用といった動きはあるんですか?
吉岡 少し違いがありますね。例えばフランスのMalvaux(マルヴォー)という建材会社は、約40%程度が輸入材であるフランスの状況を踏まえて、国産材のみならず、様々な特性のフローリングや化粧パネル材といった高付加価値商品の研究開発を行い、木材産業としてアップデートしているといった発表でした。
こういった有効利用と再産業化は大きなテーマだと感じました。フランスは家具や内装材向きのナラやブナといった広葉樹が多く、モノカルチャー(単層林)ではない多様な樹種の広葉樹林の国内資源を活用するためには、合板化やチップ化するなどして供給量を安定させ、かつ品質的にも安定させる必要があるそうです。実際の建設プロジェクトの中で、新規商品を試行錯誤しているようでした。
小野 なるほど。広葉樹って針葉樹に比べて高価ですが、成長が遅いですよね。木材の価値は高くても収穫までに時間がかかりそうですが……。林業としてやっていけるのでしょうか?
森林保全と地域経済
吉岡 確かにそう思いますよね。そこは木材だけを対象とした狭義の林業ではなく、コルク、キノコ、果実、種子など非木材製品やサステナブルツーリズム等を含む、森林付加価値を担い手の地域経済につなげる森林業の在り方※3を模索しているんだと思います。もともと、フランスは気候区分や地形が多様であることもあり、単層林には否定的だったのですが、現在は複層林での択伐による林業政策に大きく切り替えているということでした。
※3 詳しくは、2030年における炭素排出量55%削減を目標とする政策パッケージ「Fit for 55」の一環として策定した「EU森林戦略2030」を参照
小野 政策の重要性を感じますね。成長に時間がかかる森林だからこそ、スピーディーに決断して動いていく必要があるのかもしれませんね。
吉岡 確かに、成果が現れるまでにも時間がかかるので、様々な仮説を立てながら実行していく必要があると思います。今回のシンポジウムでは、ここでは紹介しきれないほど様々な分野の専門家と横断的な議題がありました。都市化と木材資源消費の関係、維持管理にかかる課題など、共通点は多くある一方、気候変動に対する危機感の差を感じました。この幅広い内容のインプットはまだまだ消化不良ではありますが、大きな転換期ではあるため、引き続き深掘りをしていければと感じています。
また今回は、企業、政府組織、研究機関が連携し、横断的な学びの機会を提供することで、森林課題を景観学の視点から再編集を試みるものでもありました。SNCF Réseauのようにインフラに関わる企業だからこそ、目に見えない生態系も含め美しく機能することを大切にして、多くの人々を巻き込みながら、議論を積み重ねていく姿は印象的でした。一方で、日本ならではのモノカルチャーの森林との向き合い方や、そこでの地域産業、担い手の暮らしなどから相互に学ぶことができることもまだまだあり、森林を中心とした学びや探求にも終わりがないのだと感じました。
公式サイト:Ecole nationale supérieure de paysage (Versailles)
https://www.ecole-paysage.fr/fr/actualites/le-bois-source-de-ressource-durable
シンポジウム動画アーカイブ
Part1
https://www.youtube.com/live/rjPYe_k1iFU?si=9QvJNgLeUrx4Ccs8
Part2
https://www.youtube.com/live/-XGoozhBFPI?si=P7w0Aqx4fFvrTypv
Part3
https://www.youtube.com/live/sjblzGtzOOA?si=WAwmWKNSaqhk0Nvh
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