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シリーズ森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~

木を見て森を見ず? いやいや、うっかり見過ごしてしまうような森の小さな草木たちも森林という舞台で懸命に生きているのです。森を足元から見てみると、そこには魅力あふれる役者たちが暮らしていました。

春のスターは寝て暮らす?~春の妖精カタクリの暮らしぶり~

森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~ #4

はじめに

春である。暖かいのである。里では様々な花が咲いていて、虫がその間をぬって忙しそうに飛び回っている。

さて、皆さんにとって春を告げる花とは何だろう?身近なところでは、小さく青くて可愛い花を咲かせるオオイヌノフグリだろうか。

オオイヌノフグリ

それとも耕す前の畑を占領して一面に赤紫の花を敷き詰めるホトケノザだろうか。

ホトケノザ

山にいけば、「まんず咲く」の名の通り雪をものともせず卵そうめんのような花を咲かせるマンサクだろうか。

マンサク

はたまた雪の中で凍えそうに見えながらも健気に咲くセツブンソウだろうか。

セツブンソウ

色彩に乏しい早春の山を彩るショウジョウバカマのピンクの花も捨てがたい。

ショウジョウバカマ

人によってさまざまな「春を告げる」花があると思うが、万人に人気があってスター性のあるものといったら、カタクリで異存あるまい。

私の記憶に残っている範囲ではじめてカタクリと出会ったのは、早春の三重県藤原岳、石灰岩の山だ。今を去ること25年ちかく前のことで、大学院のメンバーと一緒に登ったときのことである。林の木が葉を落として風吹きすさぶ山は、結構寒かったのをおぼえている。麓から息を切らして登っていった先で見たカタクリは、林床に差し込んだ光を受けてひときわ輝いて見えた。

このときの印象から、私の頭の中にいくつかの固定観念がインプットされた。ひとつ、カタクリは標高の高い山に生えているものである。ふたつ、カタクリは落葉樹林の植物である、みっつ、カタクリは1株だけぽつんと生えるものである。それはまさに孤高のスターの印象なのだ。

カタクリ

ちなみに藤原岳でみられる貴重な植物に会うために、その後何度か訪れたが、近年ではニホンジカが増え、カタクリをはじめとする多くの植物が食べられてしまい、残念ながら姿を消してしまったものも多い。

カタクリの成長

カタクリはユリ科カタクリ属の多年草である。発芽してから花を咲かせるまで7~8年はかかるとされる。カタクリを俳優に例えるなら、誰も見向きもしない下積み期間を7~8年も続けながら、ようやく花を咲かせ、大スターに、といった感じだろうか。同じユリ科でも、ヤマユリなどは花も大きくて派手であるが、カタクリの花は控えめで美しい。前者が押しの強いスターだとすれば、後者は世に言う清純派、というカテゴリーに入るのだろう。

ヤマユリ

この下積み期間の長さには訳がある。発芽直後のカタクリは、まるで紙縒り(こより)のように細くて小さい。先端にかぶっている種子の殻の長さは5mmくらいなので、いかに頼りないか分かるだろう。この出たばかりの子葉(しよう)は、小さな身体全体を使って光合成を開始する。

カタクリの実生(みしょう)

ところが、カタクリが光合成で稼ぐことができる期間はかなり短い。場所にもよるが、せいぜい3月~5月初旬くらいである。

それはカタクリのおかれた環境を考えると理解できる。3月以前は発芽しても気温が低く、光合成に適していない。5月になると、上層の落葉樹が葉を展開するため、林床に光が届かなくなる。つまり光合成ができない。ということは、カタクリが成長できるのは、1年のうちたったの3月と4月のみということになる。これでは成長に回すことのできる分は僅かである。人間に例えれば、3月から4月まで働いてお金を稼ぎ、残りの期間は買い置きのカップ麵を食べながら家に引きこもっているようなものである。この期間はじっとして活動していなくても、家賃や水道光熱費は払わなくてはいけない。同様に5月から3月の途中まで葉を落として球根だけになっているカタクリも、呼吸に使ってしまう分を差し引くと、3~4月の稼ぎで成長に回せる分はそう多くないのだ。

しかしコツコツと光合成で貯めたものを地下の球根に蓄え、なけなしの葉っぱを大きくし、1枚しか持てなかった葉っぱを2枚つけることができるようになると、満を持してようやく花を咲かせることができる。ここまでの苦労を思いやったとき、カタクリの花の価値がさらに高まったように感じられるのは私だけだろうか。

ちなみにしっかりと育つことができたカタクリは40~50年もの間生き続けることができる。案外長寿である。

里山とカタクリ

ところが、である。賢明な読者の皆さんはもうお気づきであろう。

カタクリに対して私が抱いていた固定観念3つのうち、ふたつめ以外は正しくない。なぜならカタクリは低い標高の里山林で一面に群生するからだ。これでは「孤高のスター」とはとても言えないであろう。まるで群衆、「モブ」だ。

カタクリの群生①
カタクリの群生②

実はカタクリは、その昔、山に登ってわざわざ見に行くような植物では無く、身近な里山の植物だったのだ。スーパーで売っている料理に使う「カタクリ粉」は、カタクリの根茎を原料につくられていた(今はジャガイモが原料)。かつてはそれほどありふれた植物で、その気になれば大量に採取することができたのである。

それが今では多くの県がカタクリを絶滅危惧種に指定している。シーズンには一面のカタクリのお花畑を撮影しようと人々が数少ない里山の自生地に押し寄せる。

カタクリを撮る人々
カタクリを撮る人々

ここで疑問が生じる。私が藤原岳で見たような山地のカタクリ(スター)と、低山の里山林に群生するカタクリ(モブ)では生えている環境がまったく違うように思える。これはどういうことなのだろうか。理解するには里山とはどういった自然なのか考える必要がある。

カタクリに必要なのは、春先に明るい落葉広葉樹林の林床と適度な土壌水分である。標高が高くて元から落葉広葉樹林が成立している場所では、適度な土壌水分があり、ある程度低木がまばらであればカタクリの生存は可能である。一方で、1年中葉をつける常緑樹の林では春先の林床が暗すぎるためカタクリは暮らすことができない。昔薪炭林等で使われていた低山の里山は、伐採、更新後に何年かするとまた伐採されるというサイクルを繰り返していたため、春先の林床は常に明るかった。つまり春先の明るさと適度な土壌水分が山地と低山の自生地の共通点だ。

しかし低山では里山を使わず放置しておくと、林内の常緑樹が成長し林床が暗くなる。そうなるとカタクリにとっては辛い環境となってしまう。裏を返せば人が里山を使い続けてきたことで、林が明るく維持されてカタクリは存続することができたのだ。

カタクリの生育にとって、もうひとつ重要なポイントがある。それは林床の落ち葉だ。カタクリの種子は、分厚い落ち葉の上に落ちても発芽、定着することができない。新しく分布を広げるためには落ち葉の積もっていない環境が必要なのだ。一度定着して環境が大きく変わらなければ長生きできるカタクリだが、子孫をあたりに広めるためには落ち葉のマットが邪魔になる。かつての里山は、肥料や焚き付けのために常に落ち葉搔きがされていて林床はきれいに保たれていた。里山ではこういった人々の暮らしのおかげで一面のカタクリが維持されてきたのである。

里山とカタクリ

カタクリは里山だけに分布するわけではない。しかしまぎれもなく里山を象徴する植物のひとつである。もっと正確にいえば、里山と人間の関係を象徴する植物だ。里山が、人が自然と持続可能な形で関わってできた「半自然」だとすれば、現在のカタクリがおかれている状況はそのまま人と自然の関係を反映している。つまり人が日常的に里山を使うのをやめてしまったがために、カタクリは身近な春の植物の座を降りてしまったのだ。再びカタクリが里山のシンボルとして返り咲くことがあるのか、それはこれからの人と自然の関わり方次第だが、カタクリを見に来た人には、ただ綺麗なお花を愛でるだけで無く、お花畑の背景にある里山の成り立ちにも思いを致して欲しいと思う。

ちなみに日本のカタクリは1種のみ(Erythronium japonicum)だが、北米にはカタクリ属の植物がおよそ25種もあり、中には形態が日本のカタクリそっくりで黄色い花のものもあるという(E. americanumなど)。どんなところに生えているのか、一度お目にかかりたいものである。


今回の役者たち

カタクリの花

主役:カタクリ
色々なところで話題にされる人気者。噂では葉をおひたしや天ぷらにするとおいしいらしい。生の葉は囓るとちょっと甘い。

オオイヌノフグリの花

脇役①:オオイヌノフグリ
春の野の道ばたに咲く定番の植物。花は青い。日本の野生植物で青い花は珍しいので、すぐわかる。西アジアから中近東の出身。そういえば少しエキゾチックな顔立ちにも見える。

ホトケノザ

脇役②:ホトケノザ
春の七草に登場する「ホトケノザ」はコオニタビラコのことで、別人。ぱっと見地味だが群生すると圧巻。小さな花は蜜を吸ってみるとかすかに甘い。

マンサク

脇役③:マンサク
ろくに虫も飛んでいない寒い時期から花を咲かせる慌てんぼさん。たまに暖かい日があると虫が来てくれるのかも?ちなみに卵そうめん(鶏卵素麺)は甘いお菓子。マンサクの花弁を見ると思い出す。

セツブンソウ

脇役④:セツブンソウ
カタクリと同じで春先の一時期だけ地表に出て暮らし、あとは地中で寝て暮らす怠け者(?)さん。これを春植物(Spring ephemeral)という。あまり働かなくてイイのがちょっぴり羨ましいところ。

ショウジョウバカマ

脇役⑤:ショウジョウバカマ
名前は花を中国の架空の生き物猩々の赤い顔に、ロゼットの葉を履いている袴になぞらえたとされる。どこにでもいるけれど、よく見ると美しい。いつかお話の主役にしたい花。

ヤマユリ

脇役⑥:ヤマユリ
大型の花は日本のものとは思えないド派手さ。18世紀のパリを彷彿とさせる(見たことないけど)。しかしれっきとした日本特産種で人里近くの林縁にも生える。


著者:柳沢 直(やなぎさわ なお)
岐阜県立森林文化アカデミー教授。
京都府舞鶴市出身。京都大学理学部卒業。京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の生態を研究。博士(理学)。専門は植物生態学。地質と地形、植生の関係に興味がある。1990年代に里山の調査に参加する中で里山の自然に触れ、その価値を知る。2001年より現職。人々の暮らしが育んできた岐阜県の風土と自然が大好きだが、最近風邪が治ったのに間髪入れず花粉症が始まり、相変わらずティッシュの山を築く羽目に。

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