シリーズ森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~
木を見て森を見ず? いやいや、うっかり見過ごしてしまうような森の小さな草木たちも森林という舞台で懸命に生きているのです。森を足元から見てみると、そこには魅力あふれる役者たちが暮らしていました。
森の樹木がラーメン屋さん?!
森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~ #2
林内の落ち葉に腰を下ろすと、じっとりとした土の湿り気が作業着を通してお尻に伝わってくる。地面についた手を嗅いでみると、少しカビたような土の匂い。遠くで国道を走っている車の音が聞こえてくる。森に座って周囲を眺めると、あたりは周囲から切り離された静かな世界だ。
場所は前回紹介した、森林の植生調査実習で訪れた美濃地方のとある神社の社叢林(しゃそうりん)である。前回は林の天辺を構成する高木層の樹木を中心にその生き様を紹介した。今回は見上げた視線を足元におろして地面近くの植物たちの暮らしをみてみよう。
キャリア志向のツブラジイ 独自路線のヤブコウジ
座っている場所のすぐ近く、暗い林内で小さな芽生えが地面をびっしりと覆っている。ツブラジイの実生(みしょう)だ。実生とは種子から発芽して成長した幼い植物を指す。葉の大きさは親指の先から第1関節までくらい。実生の高さは5cmもないくらいである。指の大きさくらいのちっぽけな芽生えだが、発芽してから何年か経っているのが普通である。
ところどころにある少し明るい緑色をしている葉は、今年の春に出た新しい葉だ。すべての実生が新葉を持てていないということは、ギャップから一歩外に出ると林床(りんしょう)の光環境が厳しいことを示している。新しい葉をつけられるのは、その原資となる栄養を光合成で稼げたものに限られる。
薄暗い林内で少ない光合成での稼ぎを貯めるにはどうしたらよいだろうか?
答えはひたすら倹約することである。幹(といっても数ミリの太さしか無いが)の部分は光合成できないばかりか呼吸によってせっかく葉が稼いだ栄養を消費してしまうので、できるだけ短くする。節約できた分は根に貯めておいて、一定程度貯まったら栄養を稼ぐための葉にまわす。
これを裸一貫で屋台から商売を始めたラーメン屋に例えてみよう。ラーメン屋のたどる道は四つのステージに分けることができる。
①まず最初は、お金がないので屋台を引いて商売を始める。屋台なら最小限のコストで営業できる。細々とだが、頑張って何年か商売を続けることによってお金も貯まり、②小さな店舗を借りることができた。すると、前よりも効率よくお金を稼ぐことができるようになる。③突然のラーメンブームに乗ってさらに儲けを出すことができれば、チェーン店にして全国主要都市に出店し、④最後には一部上場して・・・、というサクセスストーリーである。
これは実生でスタートしたツブラジイが、①暗い林床で倹約しながら光合成をし、②時間をかけて少しずつ葉を増やしてきたところ、③突然ギャップができて光が射してきたので、大急ぎで枝を伸ばして木を大きくして、④最後には林冠に到達する、という流れに対応させることができる。
せっかく芽生えて林床で健気に生きるツブラジイの実生だが、①→②→③と順調にステージを駆け上って最終ステージに到達できるのはほんの一握りにしかすぎない。
実習地ではおよそ1平米に100個体の芽生えが生じていた。一方で林冠に到達できたツブラジイの密度は100平米に約1本の割合だった。ということは9,999個体の芽生えが林冠に到達する前に途中で枯死してしまう計算になる。成功する確率は、なんと0.1%だ。さらに60年で芽生えから林冠層に到達すると仮定し、5年に一度更新があるとすれば、死んでいく実生の数は12万個体にもなる。気の遠くなるような数字だ。現実世界のラーメン屋さんの方がまだ確率的にマシなのではないかと思ってしまう。
ちなみに知る人ぞ知る地方の名店として営業を続ける選択肢もある。同じ林でみられるヤブコウジは、しっかりとした葉を持つ常緑樹だが、大きくなっても人の膝の高さよりも大きくなることは滅多にない。ツブラジイの実生よりも太い幹を持ち、林床付近でそれほど多くない数の葉をつけたまま花を咲かせ、背が低いままで実をつけて、やがて一生を終える。
スポットライトに手を伸ばす樹木たち
森林の一番基底をなす地面付近を林床(りんしょう)と呼ぶ。森林を家に例えれば、柱が高木層を構成する樹種の樹幹、屋根はその樹冠で構成される林冠、そして家の床が林床だ。
冒頭で腰を下ろしていたのは家でいえば床ということになる。新築で家を建てるとき、リビングはどういった日当たりがよいだろうか。多くの人が日差したっぷりの明るいものを望むに違いない。
では林の中は?残念ながら、林である時点で上には樹木の樹冠が覆い被さっているのが普通なので、大抵の場合は日当たり良好という訳にはいかない。しかし物件によっては被さっている樹木が落葉樹なので、常緑樹の下よりは明るいこともある。落葉樹の葉は常緑樹よりも薄く、光を通しやすいためだ。さらに、リビングに大きな天窓があいていて、一日のうち一定の時間だけ直射光が十分に差し込む場合もある。そう、前回お話したギャップである。
調査地の林を見渡してみると、暗い照葉樹林の林内にスポットライトが照らしたように眩しい場所が見つかった。ギャップである。よく見ると、ギャップをつくった原因のツブラジイが写っているのがわかる。幹が途中で折れてしまって枯れたのだ。樹木の寿命は長いとはいえ、集団で林を作っている個々の樹木の寿命は単独で生育している庭や庭園の樹木に比べると短いことも多い。樹冠が混み合って十分に広がることができない場合には、幹や根を養うだけの稼ぎを樹冠の光合成で得ることができず、衰退してしまうこともあるからだ。また、細い幹と十分に発達していない根系は積雪や強風で幹折れや根返り倒木などを起こしやすく、枯死の原因となることも多い。
近づいてギャップの中を覗くと様々な樹木がお互い競うように生えていた。まるで我先に目立とうと舞台からスポットライトに向かって手を伸ばす役者のようだ。人の背の高さくらいの大きさでトップを獲っているのは小さな葉っぱが3枚ずつ集まって一つの葉っぱになっているタカノツメ。1段下の腰くらいの高さには、同じウコギ科のコシアブラが並んでいる。同じ高さには、人によっては触るとかぶれるウルシ科のヤマウルシも生えている。
これらの樹木の共通点はいくつかあるが、一つには小さな葉(小葉という)が集まって1枚の葉を形成していることがあげられる。これを複葉という。タカノツメは3枚、コシアブラは5枚、ヤマウルシは9枚くらいから17枚くらいの小葉で1枚の葉っぱができている。
ギャップで芽生えたこれら3種の樹木が共通の性質を持っていることは偶然ではない。前回説明したように、ギャップは時間が経つにつれてふさがってしまう。ということは、ギャップ内で発芽した樹木のうち、常緑樹よりも暗いところが苦手である落葉樹は、大急ぎで成長しなければ光環境が悪化して枯れてしまうのだ。また、ギャップ内での他の樹木との競争もある。隣の木の葉の下に隠れてしまっても負けである。競争に敗れたら光がもらえずに、やはり枯れてしまう。
競争に負けないためには、できるだけ横に枝を張らずに上に伸びるのに資源を使った方がよい。下の方に枝を残しても、新しく上につけた葉の陰になってしまい、光が当たらず光合成の効率がよくないためだ。いっそのこと、枝は最小限にして、かわりに葉の柄の部分(葉柄)や中軸を長くして、枝の代わりにしてしまえばいい。枝はしっかりしているので、作るのに資源が多く必要なため、毎年つけては落とすというのでは効率が悪い。それに対して葉軸や葉柄は作るのに最小限の資源しか必要としないので、小葉と一緒に毎年落としてもそれほど勿体なくはない。こうしてできたのが複葉だと考えれば納得がいく。ほかにもこれら3種の幹や枝が葉の大きさに対して細かったりするのも、なるべくコストをかけずに上に伸びようとする戦略の表れであると考えられる。幹をしっかり作るのは、競争を勝ち抜いて十分光が当たるようになってからでいい。
生物の本質が子孫を将来にわたって残し続けることだけだとすれば、生物の生き方の正解は子孫を残し続けることができるかどうか、で判定できる。そう考えると、ツブラジイのような生き方も、ヤブコウジのような生き方も、どちらが正解ということはない。それは両方の種が常緑広葉樹林でともに途絶えずに子孫を残し続けてきたことからも明らかだ。
ヤブコウジに「ツブラジイのようにもっと大きくなって林の天辺で陽の当たる生活をしてみたくないか」と訊いてみても、きっと「これで十分」と言うだろう。暗い林床で一生を過ごすように身体ができているのだ。無理をしようとは思わないに違いない。ギャップがふさがる前の短い期間で精一杯上に伸びようと足掻くタカノツメやコシアブラ、そしてヤマウルシ。そして林冠層を目指して着実に成長を続けるツブラジイ。それぞれの環境でそれぞれの樹木が異なった生き方を選択し、その道のプロフェッショナルになっている。妄想をたくましくすれば、そんな世界が見えてくる。
今回の役者たち
ツブラジイ(ブナ科)
小さなドングリから、やがてそびえる大木に。その陰には、途中志し半ばで倒れていった幾万の同胞が。今回ラーメン屋に例えられる。
ヤブコウジ(サクラソウ科)
実の艶がスゴイ。お庭に持ち帰って植えようと思った人の気持ちがよくわかる。よく似たお友だちにマンリョウ、カラタチバナ、センリョウなど。次回の主役?
タカノツメ(ウコギ科)
名前の由来は「真っ赤っかで辛いアレ」ではなく、冬芽が「鷹の爪」に似ているためらしい。個人的にはそこまでは似ていないと思う。
コシアブラ(ウコギ科)
岐阜では割とメジャーな山菜。芽吹きの時期の葉は爽やかな香りとコクで、天ぷら・おひたし・チヂミなど、どう料理しても美味。
ヤマウルシ(ウルシ科)
葉を直接触ったり、植物体を傷つけた時に出る乳液でかぶれる人も多く、お気の毒である。ちなみに私は何をしてもかぶれない。
著者:柳沢 直(やなぎさわ なお)
岐阜県立森林文化アカデミー教授。
京都府舞鶴市出身。京都大学理学部卒業。京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の生態を研究。博士(理学)。専門は植物生態学。地質と植生の関係に興味がある。1990年代に里山の調査に参加する中で里山の自然に触れ、その価値を知る。2001年より現職。風土と人々の暮らしが育んできた岐阜県の自然が大好きだが、近頃めっきり寒くなってバイク通勤がつらい。
シリーズ森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~
森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~
木を見て森を見ず? いやいや、うっかり見過ごしてしまうような森の小さな草木たちも森林という舞台で懸命に生きているのです。森を足元から見てみると、そこには魅力あふれる役者たちが暮らしていました。
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