シリーズ山主に会いに行ってみる
国土の7割を森林が占める日本では、これまでどのようにして山を守り、育ててきたのでしょうか。日本の三大人工美林である奈良県の吉野、静岡県の天竜を訪ね、先祖代々山を守ってきた山主の方々に会いに行きました。
山も人も時間をかけて大切に育てることが大事です。 天竜の御室健一郎さん
静岡県浜松市天竜区佐久間町は、諏訪湖から流れる天竜川の中流域に位置し、急峻な山々に囲まれた林業地域です。
この地で640年続く御室家の現当主・御室健一郎さんは、山主として山の管理を続けながら、長年地域経済の発展に寄与し、事業再生や事業継承の問題に取り組まれています。
山林の担い手として、また地域経済を支える立場から、森林経営や事業継承の課題や山林への想いを伺いました。
御室健一郎さん
静岡県浜松市天竜区佐久間町出身。640年続く御室家の当主として代々受け継いだ山を守っている。1968年に旧浜松信用金庫に入庫し、専務理事、理事長を経て、現在は浜松いわた信用金庫 会長、全国信用金庫協会 会長を務める。
山に手を入れて木を育てる
私は佐久間町の生まれですが、現在は浜松に暮らしながら山を管理しています。先祖代々の山を私が引き継ぎ、子や孫の分までまとめて一括で管理しています。かつてはうちの山に「山番」という山の管理をしてくれる方がいましたが、昭和40年くらいからそれもなくなり、今は主に地元の佐久間森林組合に委託しています。
私どもの山は天竜川沿いの道路に面した山が多いので、近年は大型の重機で効率的な仕事ができるようになりました。ただ日本の場合、海外に比べて非常に急峻な山が多く、山の管理はとても手間がかかります。うちの山では年に3,000本程度の苗木を植えることもあり、毎年数haずつ除伐や間伐を行っています。植えてから10〜15年経った木は除伐し、良い材だけを残して大事に育てます。林業を永く続けるには、山に投資する経済力が必要になってきます。
日本の林業の現状
ところが海外産木材の輸入増加によって国内林業が衰退し、ほとんどの山林は経済林として成り立たなくなりました。ここへきて、戦後の拡大造林で植林した木が収穫期を迎え、国内の自給率も徐々に上がっているようですが、それでも山林を維持できる人はなかなかいないのが現状です。
国や県からかなりの補助金が出ていますが、本来、補助金で産業が成り立つというのは正常な状態とは言えません。経済林として成り立たない山林を維持するために、どこに収入を求めるかを我々は考えなければいけなくなっています。
山の時間、山の価値観
私自身も投資する一方です。50年先、100年先のリターンを求めて投資するなんて普通ありえませんが、私はそれで納得しています。それでもいいから山林をしっかり作っておきたいのです。それは地域のためとか、子供のためといった何か高邁な想いでやっているわけではありません。
私は山に手を入れることが非常に好きなんですね。手入れをした山の中で一時間ずっと座っていても飽きません。何か、自然の中に吸い込まれていくような魅力を感じるのです。そんな場所を残していきたいという思いだけですね。
また天竜は奈良県の吉野、三重県の尾鷲に並んで人工林としての成熟した文化がありますから、その文化を守っていく一助になれればいいかなと思っています。
山の尺度で考えてみる
また山は、今の我々の経済活動と全く違う時間の尺度を持っています。我々は単年度ごとに決算をしたり、日々判断を迫られたりしながら仕事をしていますが、山は50年、100年単位で物事を考えます。全く違う次元に思考が飛べることがとても価値があることなんです。それでいて、事業を永く続けるという視点では、山と我々の経済活動には類似点も見出せます。山では台風や大雨、日照り、色々な時がありますが事業も一緒です。木も人も時間をかけて大切に育てることが大事です。両方の世界に身を投じることで、人間として、また経営者として視野を広げるチャンスをいただいているのですから、自分は幸運だと思っています。(取材日 2021年9月5日)
シリーズ山主に会いに行ってみる
山主に会いに行ってみる
国土の7割を森林が占める日本では、これまでどのようにして山を守り、育ててきたのでしょうか。日本の三大人工美林である奈良県の吉野、静岡県の天竜を訪ね、先祖代々山を守ってきた山主の方々に会いに行きました。
250年の木の下で、未来の山林を思う。 吉野の岡橋清元さん
奈良県を代表する河川の一つ吉野川の上流域には、日本最古の林業地が広がっています。この地で17代続く林家を受け継ぎ、作業道 …