東北の森で、木を伐ってみる
木こり活動レポート #8
2024年9月4日、NCMの木こり隊8名と講師の前田剛志さんは、いつもの静岡県・天竜の森を離れ、山形県のほぼ中央に位置する西川町へとやって来ました。東北の名峰 月山の麓に位置する西川町は、出羽三山(月山、羽黒山、湯殿山)信仰の宿場町として栄え、山と里人と修験者が育んだ豊かな山菜の食文化が根付いている町です。
山形県では昔から村山盆地を北上する最上川を境に、奥羽山脈系は東山、西川町を含む出羽丘陵系は西山と呼び、西山で産出される杉材は「西山杉」と呼ばれています。西川町は町面積の約9割を森林が占め、「西山杉」の産地として林業が盛んな地域でしたが、担い手不足等の影響などにより、手入れが行き届かない山林が増加しています。
木を伐る活動ツアーin西川町
そこで2021年、山形県西川町とNCMは、新たな森林活用による観光振興、地方創生に向けた連携協定を結び、「西山杉」を使用した木工製品の開発・販路拡大や地域資源循環型移動式サウナを活用した交流人口・関係人口の拡大に向けた取り組みを続けています。今回は、私たちがこれまで実践してきた木を伐る活動のプログラムを、西川町の観光商品として展開するための、観光パイロットツアーとして企画されたものです。
ツアーでは、木を伐る活動を基点に、道の駅に併設された「水沢温泉館」でのサウナ体験や、地元の食材を使った手料理の昼食、地域資源循環型移動式サウナの見学などを体験。活動の場を提供していただいた山主の横山修さんをはじめ、地域の方々や西川町職員の皆さんのご協力のもと、盛りだくさんの内容で西川町を満喫してきました。
父親が育て、雪に守られてきた森
今回の木を伐る活動は、木こり隊8人でノコギリを使って1本の木を伐り、その木をサウナ用の薪にするというものです。現代の日本の林業では、ノコギリで木を伐る人はほとんどいませんが、私たちの活動の原点は「原体験」を通して、森林と向き合う原理・原則について、身をもって理解することにあります。この1日の体験で、私たちは森から何を受け取り、持ち帰ることができるのでしょうか?
「西川町の山はほとんどが急峻な山ですが、今日入る杉林は比較的平らな場所です。今は森林組合に依頼して手入れをしてもらっていますが、山の65%を占めるスギの木のほとんどは、私の父が植えました。父が20代の頃から植えていたので、樹齢が50年から80年ぐらいですね」
お話を伺ったのは、木を伐る活動の場を提供していただいた山主の横山 修さん。横山さんの山は、先代自らが隅々まで林道を整備したという、山形では珍しいほど路網密度の高い山です。適時適正に間伐された山には光を取り込んだ美しい杉林が広がり、特に青々と茂る下草には講師の前田さんも驚いたそうです。
前田さん「ここがこんなにも豊かな森である理由は、先代から丁寧に手入れをされていたことはもちろんですが、鹿の食害が少ないということもあると思います。天竜では鹿が山の植生を決めていると言っていいほど被害が深刻で、鹿が食べなかった植物だけが残っています。ここは豪雪地帯なので、冬は下草が雪に閉ざされ、餌がなくなった鹿が自然淘汰されることで個体数が一定に保たれているということかもしれませんね」
さていよいよ、実際に木を伐る作業に移ります。全員、用意していただいた長靴に履き替え、前日に前田さんが選んだ木まで下草をかき分けて進みます。
前田さん「天竜ならマダニが怖くて草の中に入るのは躊躇してしまいますが、横山さんに訊いたところ、この辺りにマダニはいないそうです。それでも山から出る時は服に付いていないか確認するようにしてください」
鹿がいないということは、鹿に寄生するマダニもいないということ。山形の森で静岡の鹿問題の根深さを感じる瞬間でした。
森を味わいながら伐倒方向を考える
横山さんの森は手入れが行き届いているので間伐の必要がありません。しかし冬場は積雪が6mにもなるという西川町では、雪の重みによって木が変形してしまうことがあるといいます。そこで今回は、材になりにくい変形した木を選んで伐らせてもらうことになりました。
木を伐るには、まず伐倒方向を定めるところから始めます。
前田さん「木は真っ直ぐ立っているわけじゃないんです。木に背中をくっつけて、上を見上げてみてください。どっちに重心が傾いているかわかりますか?」
前田さんの木を伐る活動では、この最初の伐倒方向を決める作業に、毎回たっぷりと時間をかけています。山の傾斜はどうなっているのか、木の傾きや枝の方向、数はどうなっているのか、倒れた時に障害となる木があるかどうか。交代で木に背中をつけて見上げ、周囲の環境をゆっくり味わうように観察してから、全員で意見を交わして伐倒方向を決定します。
ノコギリで木を伐る
伐倒方向が決まると、不測の事態に備えて避難ルートを確保します。周辺の草や枝を取り除き、幹に絡まった蔦があれば払い落とします。気持ちのいい森の中でフワフワとしていた気分から一転、ここからは危険を伴う肉体労働です。
前田さん「最初に伐倒方向を決める受け口を作ります。木は受け口に対して垂直に倒れるので、受け口の方向を正確に出すことが非常に大事です。今回は8人で伐りますが、トップバッターの責任は重要ですよ。誰からいきますか?」
ノコギリを使った伐倒作業は体力がいるものの、木を伐るスピードが遅い分、伐り過ぎるリスクを回避することができます。それでも初心者が交代で伐るうちに受け口の角度を何度も修正することになり、いつの間にか深く伐り過ぎることもよくあります。ロープをかけ、木を倒す準備が整ったら受け口の反対側から水平に追い口を入れて倒します。
「ここで大切なのが、最後まで追い口を入れずに、必ず少しだけ残すこと。この『つる』と呼ばれる残った部分が、蝶番の役割を果たして定めた方向に木を倒してくれます」
ロープで引っ張りながら楔を入れていくと、徐々に木が傾きだし、ざざっと枝葉を揺らしてからドーン!と音を立てて木が倒れました。思わず「おお〜っ!!」と歓声が上がり、切り株へと集まります。
前田さんが伐ったばかりの切り株に斧を当てると、水しぶきが舞い上がりました。今の今まで水を吸い上げていた木は、しっとりどころかびっしょりと濡れていて、生々しい木の断面に全員が驚きました。
「僕は木を伐ってはじめて、木は生きているんだということを実感したんです」という前田さんの話を聞き、大仕事を成し遂げた達成感と共に、生きていた木を伐ってしまったという、感傷的な気持ちも湧いてきます。年輪を数えてみると、横山さんがおっしゃった樹齢とぴったり一致。この木が生きてきた年月に思いを馳せる木こり隊でした。
「隠された日本の宝」を活用しよう
前田さん「杉の学名は『Cryptomeria japonica(クリプトメリア・ヤポニカ)』と言います。訳すと『隠された日本の宝』という意味です。杉は宝なんですよ。ここはまさに宝の山!ちゃんと活用して宝にしていきましょう!」
しんみりした空気が一転、またまた肉体労働が始まりました。残暑が厳しい中、薪割りと木を伐る活動恒例の「ロープかけ」練習です。
どちらも一見簡単そうで、なかなか上手くいきません。このあとは、西川町自慢のサウナが待っています。時間の許す限り、最後まで汗をかいて薪割りに精を出しました。
(2024年9月4日 現地取材)
感じたこと、その先へ
木こり活動に参加したNCM社員によるリレーコラム
母方の実家が山間にあり、山で虫を捕まえたり手製のブランコで遊んだり、私にとって森は身近な存在でした。より森への理解を深めたく、今回の活動に参加しました。
現地で話を伺い、隅々まで光が差し込む森の姿は当たり前のものではなく、間伐を繰り返し枝を払い、人が丁寧に育て続けたからこその姿だと気づかされ、身近な存在であった森の見方が大きく変化しました。森で二十数年育てられた木を自らの手で伐倒したとき、少しの寂しさを覚えました。
今回の活動を通し、山主さんや森林組合の方、木こりの方など、森に関わる多くの人と出会いました。普段目にしている木材は、人の手や想いを繋いできたバトンだと実感することができました。私も原体験を伝えていくことで、微力だとしても、そのリレーに貢献できればと思います。
マネジメント・コンサルティング部門
小野 奈津実