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新林
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シリーズ「山って…何なん?」 と何度もつぶやくことから始まった、山主候補生の活動日記

祖父が残した言葉をきっかけに、山へ通いはじめた「私」。祖先が守ってきた山とは、何なのだろう。

山の境界を歩く(1) 

木の真ん中に書かれている「△木」という文字が、山川家の屋号。父と祖父がペンキ缶と筆を持ち、所有山の境目を歩きながら記したらしい

イメージの齟齬

「山と田畑をどうしていけば良いのかな…」とポカンとしていた頃、近しい友人と会うたび「山を相続しなきゃいけないんだけど、どうしよう」と話をした。コロナ禍で人と会う機会はグンと減っていたが。

大抵は「山持ちなんて、すごいじゃん!」というリアクション。曾祖父が山の仕事をしていた昭和の半ばまでは、そうだったかもしれない。子どもが家を建てる際、木を伐ってお金にしたという、嘘か本当かよくわからない話を聞いたことがある。しかし、今はそんな景気の良い話は聞いたことがない。少額ながらも、固定資産税を払い続けているのが、現状だ。

でも放っておく訳にはいかないんだよなあ…。祖父が大切にしていた山だからというセンチメンタルな気持ちではない。未来の、例えば環境問題や人口減少と切っても切れない課題のように思うからなのか、次の世代に指さされたく無いからなのか…。
そんなわけで「すごいじゃん」と言われる度に「そうじゃないんだよね…」とボソボソ呟いていた。私と同じような規模で山を所有している人は、全国に数十万世帯いると聞くけれど、まだお目にかかったことはないし。

伝手を辿って、人と出会う

農家を改装して作られた、郷土食のお店

両親と山へ行ってから1ヶ月後、急展開があった。ある人に会うため、静岡県浜松市の最北端にある水窪町(みさくぼちょう)に向かうことになったのだ。そこは愛知県に隣接する町とはいえ、長野にも隣り合う奥深い場所だ。

友人から「Kさんと会ってみませんか?」という提案をもらったのは、2021年の5月半ばだった。Kさんは林野庁を辞め、地域おこし協力隊として水窪に住んでいるという(当時)。20代の若者で元国家公務員と聞き、頭の中の鍵がカチッと鳴った。わざわざ山の中に戻ってくるのだから、現場が好きなのだろう。政策に関わっていた人なら、算盤と夢を同時に語れる知識を持っているかも。この勘に頼り、アポイントをお願いした。
朝早く起きて一路、浜松市天竜区へ。友人と合流し、歴史に刻まれる佐久間ダムを横目に山間の道を走った。到着したのはちょうどお昼頃。郷土料理のお店「つぶ食 いしもと」でお昼を食べようと話していたのだが、コロナで店内での飲食提供はストップ。代わりにお店の弁当をKさんが手配してくださり、近隣のキャンプ場へ向かった。

数年を経て、お店でいただいたつぶ食(雑穀食)ランチ

緑の中で食べるお弁当は、よそゆきも日常も纏っている。山間地である水窪は、農業を営むには厳しい環境であったことから、特徴的な食文化が育まれたという。コキビのコロッケ、こんにゃくの胡桃和え、じゃがたの煮転がし、季節の天ぷらなど、雑穀や野菜中心の料理。白飯にも黄色い粒のコキビが入り、プチプチしている。

山に興味がある方には、こういう食事の貴重さが伝わるだろうか。私はベジタリアンでもなく何でも食べれるけど、できるだけ顔のみえる人が作ったもの、土地のものを食べたいと思う。それは20代の無我夢中な時期に、暴飲暴食で身体を悪くしたことに起因する。

山に対して思う気持ちも、似たようなものだ。関わるなら土地のことを知り、気持ちよい関係をつむぎたい。

誰と一緒に、山へ入る?

閑話休題。

Kさんは静岡県浜松市の自伐型林業を営む一家の次男で、幼い頃から兄と一緒に山を駆け巡っていたそう。東京の大学で林業の勉強をし、林野庁に入庁。北海道での勤務等を経て、地元で仕事がしたいと退職。実家に近い場所ということで、水窪に来たそうだ。ちょうどコロナ禍に突入した時期と被り、地域活動について試行錯誤しているとのこと。

お互いの自己紹介をしながら、山や森にまつわる問題などを話した。私は例の森林計画図を見せながら、祖父のことや相続の話をした。Kさんは「山の土地が散らばっていて大変ですねー」と、計画図を熱心に見ながら山の勾配などを解説してくれた。日差しが肌に刺してくる、6月初旬の午後。夏が訪れる一歩手前の季節は、まだ暑さを忘れている。友人が淹れてくれた温かいコーヒーを飲みながら、私はその場でお願いをしてみた。

「一緒に山の境界を歩いてもらえませんか?」

話すうちに仕事や生活リズムなど含めて、スケジュール調整ができそうだと分かった。そこで、山の境界歩きをご一緒することに。「ついにこのタイミングがきたー」とワクワクしたが、後日「車も持って無いのに、山へ行き、山の中を歩こうとしているんだ」と冷静になった。

山歩きのための準備

夏の山、何がおこるのだろう? 雨の日は避けた方がよい。お天気とにらめっこしながら、Kさんと山へ行く日程調整をした。

その間に着々と準備。まずはお手洗い。家という拠点がないので、女性の私は困る。インターネットで山歩きのトイレグッズを見まくった。コンポストにも興味はあるが、まずは簡易的なものを用意しようと『いつでもどこでも携帯トイレ』という緊急用のものと『ワンタッチテント』を買った。山で使う想定はあまりできなかったが、災害時に使えるかもしれない。日常的な対策と兼ねることで、合点。

そして靴。アウトドアショップへ行ったが、登山靴はハイコスト。境界歩きがどう続くかわからないので、ひとまず持っている靴で済ますことに。日本野鳥の会のゴム靴と、ウォーキングシューズを用意した。

さらにお昼ご飯。お手洗いのこともあるし、どれだけ疲れるかわからないから、ゆっくりできる場所が欲しい。そこで税理士さんが立ち寄ったという「やな」を思い出した。電話してみると「畳の席もあるし、休憩がてらご飯を食べられますよ」とのこと。よし、お昼は鮎と五平餅だ!

2021年7月初旬、熱海で大規模な土砂災害が起こった。Twitterに流れてきた動画は衝撃的だった。後に自然災害とは別ものだとわかったが、日本列島は豪雨に見舞われていた。愛知県の山奥も同様で、やなでは生け簀が流されたとか。そんな梅雨の晴れ間を狙い、日程が決まった。「雨の日はヒルがたくさん出るかも」と言われ、慌てて専用対策スプレー『ヤマビルファイター』と『ヒル下がりのジョニー』を購入。このネーミングを付けた人は、どんな気持ちでつけたのだろう?と思いつつ、朝早く起きて山へ向かった。その日の帰り、アクセルを踏むのがやっとになるとは、夢にも思わず。


山川 愛(やまかわ あい)
愛知県在住。公益財団法人かすがい市⺠文化財団プロデューサー。金沢美術工芸大学工業デザイン科を卒業後、アートマネジメントの領域で活動。同財団に入職後は、展覧会や演劇公演の企画・広報、昨今は自分史を始めとした市民との協業事業を担当。2021年から亡き祖父の山に入り、山主として自分に何ができるかを模索している。


あとがきコラム#3 山と映画   
『アメリカン・ユートピア』

Kさんと水窪でお会いした頃、友人から「アメリカン・ユートピア」の評判を聞いて見に行くことにした。平日の昼間、上映の最終週だったせいか、観客は私だけだった。
自由を感じた。一人で興奮した。もう一度、心に焼き付けたいと思った。
結果的にこのコンサート映画は異例の大ヒットを記録、再上映が決まった。私は映画館へ4度も通った。

音楽評論家の湯浅学さんがパンフレットにこう綴っている。「このステージには伴奏者然とした人がいない。皆がそれぞれのできることをできることの限界を超えてでもやっている。(中略)自分のために奏でることがみんなのためになる、そのように感じられる」
山に対して思う気持ちと重なった。自分の山だけのことを考えていてもしょうがない。脈々と続く山という連なりに誠意を持ち、足を運び、手入れすることが、隣の誰かや未来に繋がるように思ったからだ。要はハーモニーなのだ。

ラストの『Road to Nowhere』を聴き、「私も行き先の無い“山”へ向かって行こう。きっと全ては上手くいくよ」と、デヴィッド・バーンになったつもりで落涙した(笑)。

シリーズ「山って…何なん?」 と何度もつぶやくことから始まった、山主候補生の活動日記

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