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新林

春は野草を摘みに 〜柳沢教授の有用植物実習〜 ①座学編

公園や庭先、学校の帰り道で友達と食べたグミの実やイタドリ、ツツジの花の蜜。家に持ち帰って「そんなものは食べられないよ」と言われてがっかりしたドングリやカラスノエンドウ。

今回は、そんな子どもの頃の記憶が蘇る、春の野草摘み体験会です。岐阜県美濃市にある岐阜県立森林文化アカデミー(以下、アカデミー)を訪れ、新林編集部がいつもお世話になっている植物生態学者の柳沢 直教授と一緒に、食べられる野草を摘んで料理にも挑戦します。まずは、教授による「有用植物実習」の講義を受けて野草摘みの予備知識を。それにしても、大人になってからの授業って、どうしてこんなに楽しいのでしょう。


柳沢 直(やなぎさわ なお)
岐阜県立森林文化アカデミー教授。
京都府舞鶴市出身。京都大学理学部卒業。京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の生態を研究。博士(理学)。専門は植物生態学。新林にて人気エッセイ『の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~』『里山よもやま話 〜人と植物が暮らす社会〜』を連載中。


山の資源は木材だけじゃない

2025年4月25日、野草を入れるカゴや天ぷら粉、草餅用の餡子まで持参して、食べる気満々でアカデミーを訪れた新林編集部。ところがまず案内された場所は、校内の教室でした。

林業と言うと木材を思い浮かべる方が多いと思いますが、キノコや山菜、タケノコなど、木材以外の林産物を「特用林産物」といいます。これらも林業の範疇のひとつであるということを学生たちに知ってもらうために、本校では特用林産物も含めた有用植物実習という授業があります。本日は、その中の山菜や野草を食べてみるという授業のダイジェスト版を皆さんに体験してもらおうと思います。

食べられない野草を知る

さて、今から「食べられる野草」を探しに行くわけですが、実は初心者が最初にやらなければいけないことは、食べられる野草を覚えるより前に、食べられない野草、つまり毒草を知ることなんです。例えば猛毒として知られるトリカブトは、ニリンソウや、人によってはヨモギと間違えることがあります。中毒事故のニュースとしてよく見かけるのが、スイセンとニラです。ニラは野草と言うよりは野菜ですが、野良化しやすい植物です。野草のノビルとも良く似ています。

スイセンと似ているネギとニラ(左からスイセン・ネギ・ニラ)

こういった毒草を見分けるには、植物の分類で毒が多いグループを知っておくことが大事です。トリカブトのキンポウゲ科や、タケニグサやクサノオウのケシ科は、有毒な植物が非常に多いグループです。ナス科にもハシリドコロという有名な毒草があります。

一方で、山菜の多い科としてはキク科やアブラナ科、ネギ科ですね。ネギ科の中のAllium(ネギ属)というグループには、有用植物がいっぱいあります。ネギやアサツキ、ラッキョウ、タマネギもネギ科です。

それから、アク抜きをすればなんとかなる植物もあります。おひたしと天ぷらは野草を食べる時によく使われる方法ですが、茹でてアクを水に溶かし出す、揚げて油にアクを移す、という理屈です。

「水さらし」でアク抜きをしているワラビ

ヒガンバナは全草にリコリンという毒を持つので普通食べられませんが、飢饉のときには球根をすりおろした後、水に何度もさらして毒を抜いてから食べたようです。ワラビ、ゼンマイなども毒成分をもつので大量の水や灰汁でよく茹でたり、水にさらす必要があります。また、ドングリやトチノキのようにアクが強すぎて普通には食べられないものでも、時間をかけてアク抜きをすれば食べられるものがあります。トチノキの実にはサポニンという毒がありますので、生で口にすると「えぐみ」が強く、食べられません。ドングリの毒成分おもにタンニンなので渋いです。どちらもアクを抜くには非常に手間がかかりますが、昔から保存食や飢饉の際の救荒食として食されてきました。

山菜が含まれるグループを知っていると、「これは食べられそうだ」という見当がつきやすくなります。それでも、同じグループにも必ず例外はありますので、経験を重ねることと、自分を過信せず詳しい人に確認してから食べるということが大事かなと思います。

神様とミジンコ

学生たちの中には、この実習を「山菜を食べる実習」だと思っている学生がいますが、それは違います。学生たちに最初に伝えるのは、これはおいしく山菜を食べる授業ではなく、食べられる野生植物を知る授業だということ。山菜と食べられる野草との間には神様とミジンコぐらいの違いがあるということです。つまり「食べられる」ことが必ずしも「おいしい」ことを意味しないってことですよね。色んな野草をいっぱい食べてみることで、山菜がいかに優れているかを知ることができます。先人がトライ・アンド・エラーを繰り返した末に、山菜という名前を冠することを許された野草というのは、食べられる植物のキング・オブ・キングなんです。

山菜の定義とは?

軽いヌメリと独特の歯ごたえが特徴のコゴミ

ではどういったものが山菜と呼ばれるのでしょう? 平凡社の世界有用植物事典にはシンプルにこう書かれています。「山野に自生する植物で、食用に供するものをいう」。なるほど。僕のイメージでは、山や野原で自生していて普通栽培されていないもの、山へ行って採ってくるのが普通のもの、といったところでしょうか。ところが、タラノキは栽培が可能ですし、ワラビもやろうと思ったら、ワラビ畑みたいなものをつくることはできます。

定義ではありませんが、もう少し条件を絞ると「山菜として好まれる野草の共通項」みたいなものはあります。まず香りがあること。それからヌメリがあることが多いです。食感やコクもあります。また香りはないけれど爽やかさだけがある山菜もあります。タラノキは爽やかな香りにプラス、コクがあるのでさらに珍重されるわけです。また、山菜の特徴としては、爽やかで後を引かない苦味、よく「ほろ苦い」と言われる苦味もあります。

山菜を資源として考えた時に、すごくおいしい山菜が身近に大量に自生していれば最高です。でもおいしいものというのは、大抵の場合、都合よくそんなに多くは身近に自生していません。反対に、まずくてどこにでも生えている野草は山ほどあります。その中間の「結構普通に生えていて、そんなにまずくない」辺りを開発するといいのではないかと個人的には思っています。

以前は、水とカセットコンロを持って出かけ、図鑑に「食べられる」とある野草を採ったら、その場で茹でて片っ端から食べてみるという実習をやっていました。そうやって学生に栽培されている野菜や「山菜」のありがたみを教えなければいけないんですが、最近は最初からまずいと分かっているものはモチベーションが上がらないので採りません。今日ご紹介するのは、これまでの実習で見つけた「結構普通に生えていて、そんなにまずくない」辺りに相当するものです。山まで出かけなくても、近場でそこそこおいしいものもあるんですよ。

さて、こういう話をしていると本当にキリがないので、あとは現地で体験しましょうか。最初にちょっと脅かしましたが、どんなものが採れるか楽しみですね。

食材でいっぱいの箱庭

講義を終えて、野草を入れるためのビニール袋やザルを持って教室を出ると、校舎の隅の植え込みで先生が立ち止まりました。

ちなみにここは箱庭みたいになっていますが、この中で食べられる植物はどれか分かりますか?イロハモミジの葉っぱは天ぷらに、ガマズミの果実はお酒に漬けて果実酒にできます。ニガイチゴの実も食べられますし、ウワミズザクラの実は東北地方では塩漬けにして食べます。ミツバアケビは蔓(つる)植物ですが、蔓の先っぽを茹でて、水にさらして食べることもできますし、実が成ればその実も食べられます。リョウブはリョウブ飯と言って、菜飯みたいに塩で揉んでご飯に混ぜて食べます。

私たちが「え?ちょっちょっと」と慌ててスマホを手にする間に、教授の口から次々の植物の名前と知識がポンポン飛び出てきます。

ここに生えているだけでも結構食べられるものがありましたが、これは食べられるものを説明するためにわざわざ植えたわけではないんです。たまたま生えているものを見ただけでも、これだけのものが食べられる植物だったということです。じつは、この箱庭に食べられる実をつける植物が多いのには理由があるのですが、長くなるのでここでは割愛します。

まだ校舎を出ていないのに、この情報量。今日1日、私たちは教授の情報をすべてキャッチすることができるのだろうか?という一抹の不安を覚えながら、里山へと出かけて行きました。(採集編につづく)

箱庭で出会った植物

(2025年4月25日 現地取材)


執筆者 神尾知里
兵庫県出身。結婚を機に天竜杉で知られる浜松市に移住。浜松市の書店「BOOKS AND PRINTS」の勤務を経て執筆を開始。2020年より新林編集部のライターとして全国の林業地をまわり、森林文化を育む人たちを取材している。

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