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新林

天竜の森で、空飛ぶ木を見学してみる

木こり活動レポート #9

2024年11月25日、NCMの木こり隊は、天竜杉の産地・静岡県浜松市天竜区の山にやってきました。訪れたのは、全国各地に祀られている秋葉神社の総本宮・秋葉山本宮秋葉神社の社有林。樹齢65〜70年の立派なスギ・ヒノキが植えられた山です。今回の木こり活動は、天竜区を拠点とする林業・製材会社 株式会社フジイチ(以下、フジイチ)の伐採作業と架線集材、製材工場を見学します。

大径木の森を訪ねて

天竜地域は面積の約9割が森林で覆われ、その4分の3をスギ・ヒノキの人工林が占める一大林業地です。急峻な山が多く、作業道を整備して車両で木を運び出すことが難しい山では、ワイヤーロープを使って木を吊り上げて運ぶ「架線集材」が今も活躍しています。また、浜松市の49,441haの森林がFSC※1のFM認証林となっており、市町村別の取得面積としては国内最大の広さを誇ります。さらに市内に点在する製材業、建築業はフジイチを含め50社以上がFSCのCoC認証を取得し、川上から川下までFSC認証材のチェーンを繋ぐ取り組みが行われています。

樹齢70年の大径木

もう一つの特徴が、大径木の増加です。天竜の山では、植林を始めた時期が他の産地より10年早く、樹齢60〜80年を迎えた太さ50cm以上の大径木が多い地域でもあります。ところが、木の値段が下がっていること、伐採後の植林にかかるコストが見合わないことなどがネックとなり、主伐をしない山が増えているのです。

そうした天竜の山の課題と向き合い、天竜のスギ・ヒノキを知り尽くしたプロフェッショナル集団として事業を展開するのが、創業78年目(2024年11月当時)を迎える株式会社フジイチです。同社は天竜の急峻な山に対応した「架線集材」を専門とし、大径木の活用した製材商品を開発するなど、森林整備から製材、販売までを一貫して行い、天竜の山を守り育てています。

※1 FSC® (Forest Stewardship Council®:森林管理協議会)
環境保全、社会的な利益、経済的な継続性の観点から、持続可能な森林管理を世界に普及させることを目的とした国際的な森林認証制度。森林を対象としたFM(Forest Management)認証、加工・流通業者を対象としたCoC(Chain of Custody)認証、単体の建築物や船、イベント構造物などを対象としたプロジェクト認証(全体認証・部分認証)がある。

山神様に安全を祈願する

神事を執り行う販売部の大内稔也さん

伐採現場へ向かう前に、米と塩、御神酒、ヨキ(和斧)をお供えして、山神様に作業の安全を祈願しました。山に敬意を払い気持ちをひとつにすることが、安全への第一歩。山の神聖な空気を感じながら、緊張感を持って山へと向かいます。

ヨキ(和斧)には「太陽、土、水、空気」を意味する4本の線と、反対側には「米・塩・酒」を意味する3本の線が掘られている

神事を終えて、いよいよ伐採現場へ。案内していただいた山林部の相佐亮介さんから「今日は比較的緩やかな山です」と説明を受けたものの、山中はかなりの急斜面。足元に気をつけながら、伐採する木の近くまで移動します。

山林部の相佐亮介さん

相佐さん「フジイチでは、山主と山林の経営・施業計画を立てる際に、10年後、20年後にまた収穫ができるよう、なるべく悪い木を残さない、丁寧で持続可能な山づくりを大切にしています。そのため、伐る木を選ぶ時には、自社が欲しい木はもちろん、山の環境や木の健康状態を見ながら、1本ずつ慎重に伐る木を選びます」

木に巻き付けられた黄色のスズランテープが目印。この日伐採する木は、樹齢およそ70年の立派なスギの木です。

より安全に倒す「追いづる切り」

チェンソーを木に貫通させる「突っ込み切り」

同社では、チェンソーのみを使って伐採を行います。この日の担当は山林部の落合海秀さん。
NCMの木を伐る活動では、受け口をつくってから追い口を入れて木を倒す「追い口切り」という方法を実践してきましたが、今回は見学者の安全に配慮した「追いづる切り」という伐り方を見せてもらいました。

緊張した面持ちで安全な場所から伐採を見学する木こり隊

チェンソーを木に突き刺して貫通させる「突っ込み切り」は難しい技術ですが、こうすることで木を伐っている途中で木が倒れることがなく、より安全に狙った方向へ木を倒すことができるそうです。

斜面側に倒れた木

「カン、カン、カン」と楔を打つ音が山に響くと、いよいよ木を倒す時が来たことが分かり、一気に緊張が走ります。落合さんが片手を上げて合図を送ると、最後の追い口を入れて、木が倒れました。木は斜面側に向かって倒れたため衝撃が少なく、ゆっくりと横たわりました。

年輪を数える若手

「おお!!」と歓声を上げると、伐採の緊張感から解放された木こり隊が、切り株に集まりました。フレッシュな木の香りや、手がしっとりと濡れるほど瑞々しい切断面。伐ったばかりの「生」の木は、普段触れる機会がないので皆、興味津々です。

急斜面で行う「玉切り」と「玉掛け」

伐採した木は、親方が用途に応じて定められた長さに切断し、枝葉も払い落として丸太に加工する「玉切り作業」を行います。

玉切り作業をする親方の彦坂和行さん
玉掛け作業

枝葉が無くなった丸太は、ワイヤーロープでくくりつける「玉掛け作業」を行い、安全な場所へ退避してから無線で吊り上げの指示を出して架線で土場まで運びます。

伐採現場を見守る山林部のレジェンド 内山 勝さん

架線集材は作業道がないため、足元が不安定な急斜面で伐採や玉切り、玉掛けを行います。特に玉掛けは、吊り荷の落下や挟まれ、激突の危険が伴うため、1t以上の荷物を扱う玉掛け作業は、各都道府県の労働局に登録した事業者のもとで「玉掛け技能講習」を受けなければなりません。

急斜面の伐採現場

斜面に立って見学するだけで精一杯な木こり隊には、山林部の方々の軽やかな身のこなしにただ驚くばかりです。

空飛ぶ丸太

丸太を吊り上げて運ぶ自走式搬機

玉掛けを終えると、丸太が搬機に吊り下げられ、土場へと移動を開始しました。

架線で土場に運ばれる丸太

架線集材は 高い専門知識と技術を要するため、全国的にも実施する事業体が少なく、間近で見学できる機会は大変貴重です。まるで巨大なクレーンゲームのように、4mの丸太が空中をゆっくりと移動する様子は迫力満点。架線さえあれば、このような険しい山の中でも、丸太を傷つけることなく安全に運び出せるということが、よく分かります。

しかしこの架線のワイヤーロープは、いったいどのようにして張るのでしょうか?

この現場では、土場からおよそ700m離れた先山に支柱を設置して「索(さく)」と呼ばれるワイヤーロープを張っています。架線集材に使う索は炭素鋼と呼ばれる鉄の合金なので、重くてとても人では運べません。そこでまず、リードロープと呼ばれる軽いロープを人が歩いて先山まで運びます。さらに、そのロープを先山に設置した支柱の滑車にかけて、土場まで引きながら戻ってきます。

相佐さん「条件が良い山ではドローンを使って先山までロープを運ぶこともありますが、人が運ぶ場合は道のない山を、ロープを持って歩くのでとても大変なんです」

「軽いロープ」と言えど、この距離なので相当な重さになるはずです。
ロープが土場に戻ってきたら、炭素鋼の索をロープにくくりつけて、動力を使って引き回します。策は重さを支える主索や、移動のための作業索など数本あるので、何周もぐるぐる引き回して、最後に主策にテンションをかけて上に張り上げます。

支障木を伐採し真っすぐ先山まで伸びる索

架線の設置には、その他にも架線の真下にある支障木の伐採、架線で運ばれてきた丸太を下ろす盤台の設置など、さまざまな作業があります。時間と労力がかかりますが、山肌を傷つけることなく、土砂災害のリスクやCO2の排出を抑えた搬出方法として注目を集めています。

大径木を製材する

山で伐採した原木は、そのほとんどが市場を介さずにトラックで自社の製材工場へと運ばれます。工場で皮を剥いた丸太は、梁、桁、柱の構造材や造作材、下地材、はめ板、床板など、さまざまな部材に加工され、家一棟分の木材を同社で揃えることができるように生産しています。また、製材時に出るおが粉やチップも製紙用やバイオマス用として販売するなど、山の資源を余すことなく活用する取り組みを行っています。

大径木対応の製材機。長いアームで丸太を固定し安全かつ効率的に製材できる

大径木は、芯を除いて加工する「芯去り」の構造材や、柾目の板に加工します。この日は末口径60cm、樹齢およそ80年のスギの丸太を、柾目の板に製材するところを見学しました。加工した木材はゆっくりと天然乾燥で仕上げ、販売部から直接工務店や施主に直接販売されます。

山の施業から製材、販売まで一貫して行うことで、林業地の課題解決に取り組みながらトレーサビリティを確保した商品を提供するフジイチ。今ある木の価値を最大限に高め、天竜の林業地を持続可能な美しい森に育てようとする職人の方たちの強い使命感と、丁寧な仕事を見せていただきました。(2024年11月25日 現地取材)


◾️株式会社フジイチ
1946年創業。静岡県浜松市天竜区を拠点とする林業・製材会社。「天竜の杉檜と生きる」を理念とし山林業務から製材品の販売まで一貫して行う。Instagramにて山仕事や製材現場のニッチでリアルな情報を好評配信中。


感じたこと、その先へ
木こり活動に参加したNCM社員によるリレーコラム

「凛とした姿」—凛とは、「厳しく寒いこと」や「身が引き締まったさま」を表す言葉です。浜松市天竜区での木こり活動に参加し、私はこの言葉の意味を実感しました。伐採現場は静かで清々しい空気に包まれています。私が急な斜面に足を取られている間も、まっすぐに空へ向かって立ち続ける木々の姿に、自然の力強さを感じました。その一方で、伐採後の切り株や木材の断面に、私は思わず見入ってしまいました。日常でも木材に触れているつもりでしたが、製材工場で改めて向き合うと、鮮やかな木目や豊かな香りが力強く伝わってきたからです。デザインせずとも建築の顔となり、温もりを感じさせてくれる木の力強さとありがたみを実感しました。「凛とした」美しさと「林とした」豊かさ、その両面を感じられたことは、私にとっての大きな学びになりました。

マネジメント・コンサルティング部門
塚原 彩

天竜の森で、空飛ぶ木を見学してみる 掲載号

新林 第9号の表紙

新林 第9号
ちょうどいい森林資源の使い方

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