山伏問答:自然とつながる身体のつくり方 / 坂本大三郎さん
山に生きる。— 西川町の知恵と術 — ⑤

山が多い日本では、古くより自然の恵みに感謝し、畏敬の念を込めて祈りを捧げる自然崇拝や山岳信仰が深く根付いています。修験道はそうした土着の信仰に仏教や神道などが習合した日本独自の宗教形態であり、山に籠もり、厳しい修行をすることによって神秘的な力(験力/げんりき)※1を得て、自他の救済を目指すと言われています。
紀伊半島の大峯山、九州の英彦山と並び「日本三大修験道」の一つに数えられている山形県の出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)では、今も羽黒山を拠点に3つの霊山を道場とした修行が行われ、山伏が自然と人をつなぐ役割を果たしています。そこで今回は、山伏の文化が息づく山形県西川町を拠点に、20年以上にわたり山伏修行を実践する坂本大三郎さんを訪ね、山伏の歴史を紐解きながら、なぜ人は山に入るのか、山に入ると人はどうなるのか訊いてみました。
日本文化の起源をさがして

—— 坂本さんは山伏修行を実践するほか、アーティスト活動や執筆活動など幅広くご活躍されていますが、山伏になろうと思ったきっかけは何ですか?
最初はただの興味本位でしたが、本当の意味で興味を持ったのは、山伏が日本の芸術や芸能など、日本文化の成り立ちに深く関わっている存在だということを知ってからです。当時僕は、東京の現代美術を扱うギャラリーのスタッフをしていたので芸術の先端には触れていましたが、子どもの頃から「人間はなぜ絵を描くのだろう」という疑問を抱いていました。日本文化の起源に関わる山伏の存在を知り、彼らの文化が自分の問いにつながるのかもしれないと感じて、山形で本格的に修行を始めました。

山伏修行の動機としてはかなり外れていますし、山伏の験力にも関心がなく、百名山を踏破するといったことにも興味がありません。僕が興味を持っているのは、山の頂上ではなく麓に近い場所。民族学者の宮本恒一が、“自然は寂しい、しかし人の手が加わるとあたたかくなる。そのあたたかなものを求めて歩いてみよう”という言葉を残していますが、自分もまさに同じ気持ちです。山の文化を身体を通して実感したくて、山伏の修行を続けながら山菜を採るなど、山で暮らす人たちの知識や技術を学んでいます。
※1 験力:修行の成果として現れる人智を超えた神秘的な力、験(しるし)
山に残る「人と自然の記憶」

—— 山を歩いていて、 “あたたかさ”を感じる時はどんな時ですか?
険しい崖では、手をついて四つん這いになって登ることがあります。そうした場所では、皆が同じところに手をついてよじ登るので、手をかけた所が少し凹んでいたりします。ある時、山菜採りのおじいさんが「この凹みに手をついた時に先祖と一緒になったような気持ちがする」とおっしゃったことがあります。自分の父も祖父も、同じ手の動きで登っていたと思うことで、先祖との一体感を感じるそうです。僕もそこに行くと同じ登り方をするので、かつて誰かが歩いた足跡を辿っているのかと思うとやっぱり感動しますね。

山の麓で暮らす人々の民話やお年寄りの話の中にも、その土地に受け継がれてきた文化や歴史を感じることがあります。この辺りでは6月1日を「抜け殻の日」と言って、屋根裏で蛇が脱皮をする日だと聞かされていたそうです。全国的には「むけの朔日(ついたち)」などと呼ばれ、栃木では尻に水を浸ける風習がありますし、山形市には「むけ日」に里芋を食べる風習があったそうです。この話はじつは「脱皮」と「再生」を意味する古い由来のある話で、天の羽衣伝説をはじめ、世界中に似たような神話や伝説が残っています。こうした言い伝えの元の意味は忘れ去られていることがほとんどですが、集落に残る民話や風習を拾い集めていくと、思いも寄らない繋がりが見えてくることがあり、謎解きのような面白さがあります。
山伏とは何か

—— これまで、山伏は「山の知識に長けた特別な人」という、自分たちの日常から離れたイメージでしたが、西川町に来てみると、坂本さんも〈十三時〉というお店を経営されていますし、坂本さんの義父にあたる〈変若水(おちみず)の湯 つたや〉の志田靖彦さんも山伏です。地元の人にとって山伏は思っていた以上に身近な存在なのかもしれないと思いました。
現代の山伏の多くは別に仕事を持っていて、普通のサラリーマンや経営者もいます。この装束をくれた山伏の方は、もうお亡くなりになりましたが、人生の半分を刑務所の中で過ごしたという方で、自分の邪気を祓うために修行に来ていると言っていました。

—— 西川町には山菜採りの名人や、伝統的なクマ狩りの経験を持つ方など、山の知識に長けた人が多く、なおさら山伏と普通の人の隔たりをあまり感じませんでした。
山伏については諸説ありますが、かつて山立(やまだち)と呼ばれたマタギの拠点と、山伏の拠点は重なっていて、僕は両者に大きな違いはないと思っています。歴史的に見れば、最初に深山へ分け入ったのは、銅や鉄といった鉱物資源を探し求めた人たちで、それ以前の縄文人は、あまり深い山に足を踏み入れなかったと考えられています。さらに鉱物資源を探す人たちの信仰が、今の日本の山岳信仰の始まりとされています。

彼らが拠点にした場所は、秋田県でマタギの集落として知られる阿仁の根子集落のように、「根子(ねこ/ねっこ)」と呼ばれる地域が多く、鉱物が採れる場所や鉄砲に関わる場所、猟師が多く住んでいる場所、さらには山岳信仰が根付いてる場所に多い地名です。
この辺でも少し北に行ったところに、猫又沢(ぬくまたざわ)という地名がありますが、やはりそこも鉱物が採れる場所です。その近くには銅山川という川が流れていて、源流付近に猫岳があり中腹には永松銅山があります。そこから南に流れてくる川は熊野川と書いて「ゆうのかわ」と読みます。漢字に「熊野」という字が使われているということは、紀伊山地の霊場・熊野三山を拠点とする熊野山伏と繋がっていると想像できます。もともと同じ人たちが長い時間を経て信仰の面が強く現れてくると、山伏になり、生活の面が強く出てくると、いわゆるマタギと呼ばれる猟師の集落になったのではないかと思います。
山伏の知恵と術

—— 山伏の歴史を辿ると、鉱山開発や狩猟など特殊な知識や技術を持った技能集団としての姿も見えてくるのですね。
そうですね。例えば、彼らが鉱脈を求めて山に入る時は、ヘビノネゴザというシダ植物を探します。鉱山地帯には有害な重金属を多く含む土壌によって、普通の植物は生息できませんが、ヘビノネゴザは重金属への耐性が強い植物なので生き残ることができます。山伏たちは、ヘビノネゴザが群生している場所には、鉱物があると分かっていたのです。

また彼らは、天気を読む技術にも長けています。ある時、山で私が「あと3分でこの雨上がりますよ」と言って、3分後にぴたりと止んだことがありました。その様子を見ていた隣の人は、すごく気味が悪そうにしていましたが、私に何か特別な力があるわけではないのです。ある山からある山までの雨雲の移動にかかる時間を測り、そこから雨が止む時間を割り出すという方法を使っただけです。他にも修行の中で、山肌のある部分を指標にして何かを測るといったことを色々教わりました。
—— 昔の人であれば、雨が止む時間を予測したのではなく、神通力で雨を止めたと思ったかもしれないですね。
天気の知識を使って山伏が人々を驚かせたということはあったと思います。
自然の中に身を置く

逆に、自然の環境に身を置くことで、何か不思議な力を得たような錯覚に陥ることもあります。ある時、声の調子が悪い芸能者を連れて山中の滝へ案内したところ、滝から帰ってくる時にいきなり声が出るようになったということがありました。その時は深く考えませんでしたが、他にも具合が悪い人を滝に連れていくと良くなるということが何度かありました。何か理由があるのかなと思っていろいろ調べてみると、一つには滝のノイズが関係している可能性があることが分かりました。滝の近くというのは、適度なノイズ状態の音が反射していて、ホワイトノイズ※2やピンクノイズ※3が周辺に溢れてる状態なんです。このような不規則な周波数が混ざり合ったノイズ環境では、音がノイズの波長によって少し底上げされて聴こえるそうです。自然の中に身を置くと何か感覚が鋭くなったと感じるのは、こうした自然の力を利用しているのかもしれません。

もう一つは、山とまちの環境の変化です。私たちが普段生活しているまちは、音や光、地面、気温など、いろいろなものが整えられている環境です。そうした環境に身を置くと、人間の注意というものは一つのものに集中しすぎてしまう傾向があるそうです。人間が集中力を使うには、じつはすごくエネルギーを消費しています。ところが山に行くと、非構造的で不均一な環境に入ることになるので、注意が分散されます。それによって、これまで集中するために使っていたエネルギーが解放されて、普段あまり働いていない感覚や認知の働きが目覚めてくるのではないかと考えられています。
—— シャワーを浴びている時にアイデアが思いつくという話をよく聞きますが、そのトップ・オブ・トップのような現象ですね。散歩をするとアイデアが思い浮かぶという人もいますが、同じことですか?
まさにそういうことですね。私たちが都市生活の中で身につけている考え方や注意の向け方と、アイデアが生まれる時の身体の状態には違いがあるのではないかと感じています。それは都市で暮らすのがダメということではなく、あくまで心身の使い方の話ですが、シャワーを浴びたり、散歩をしたりしている時は、意識が一つの対象に過度に集中している状態から解放されます。そうして注意がゆるみ、周囲に開かれた状態になることで、これまで結びつかなかった情報や記憶がつながり、新しいアイデアが生まれやすくなる、ということなのではないでしょうか。漫画家の手塚治虫さんも、お風呂に入っている時によくアイデアを考えていたと言われています。身体を動かしたり、環境を変えたりしてリラックスすることで、意識の緊張がほどけ、創造的な思考が働きやすくなるのかもしれませんね。
※2 ホワイトノイズ:人間が聞き取れるすべての周波数の音が均等に混ざり合った雑音
※3 ピンクノイズ:周波数が高くなるにつれて音のエネルギーが減少する、自然で心地よい雑音
自然と一体となる

—— 山中を歩く山伏の修行というのは、邪念を払って精神を統一しているのだと思っていました。
修行で歩いてる時に不思議に思ったことは、最初は「だるいな」「お腹が空いたな」と、いろいろなことを考えていたのが、疲れてくると何も考えられなくなることです。そのうち、普段ならきついと感じるような険しい崖を登る時も、身体が勝手に動くようになります。そうなった時には、自分がここにいるけれど、少し後ろにいるような感じがします。まるで人間が山を流れてるような不思議な感覚です。禅僧の道元は『正法眼蔵』という書物の中で、空を飛んでる鳥を見て「あれは鳥が空を飛んでいるのではなく、空が鳥として飛んでいるのだ」と言い、「鳥」という主体が「空」という環境と一体となって機能していることを説いています。これは、自分が山の中で歩いている時に感じた「自分が環境化していく」感覚と同じではないかと思っています。

—— 今号の別記事で、『森を歩いてみた 東海自然歩道』というロングトレイルに関する記事を書いていますが、その時にもやはり同じような感覚になりました。何kmも歩き続けていると自然と歩けるようになってきて、その代わりにいろいろな情報がどんどん入ってくるようになるという感覚を、記事では「森が身体化してきた」と書きました。でも今の話は、むしろ身体が森化しているということですね。
そこは言葉の使い方の違いだけで、おっしゃっていることはすごく分かります。これは現在の心理学の言葉で言えば「フロー状態※4」に近いものだと思います。山に定期的に入ることで、過剰な集中状態を緩める方法が心身に馴染んできて、まちにいるだけだとなかなか届かない精神状態にアクセスしやすくなるのかな、というのが今の自分の考えです。
※4 フロー状態:目の前の課題に深く没入し、時間を忘れるほど集中した状態のこと。
人と山のつながりを取り戻すには

山に生きる知恵や術は、修験道の奥義が固く秘されているように、結局のところ一番肝心なことは言葉で説明できないものであり、山で自分が体験しなければならないものです。自然から切り離された日常の中で、山に行く理由を失った私たちが、再び人と山のつながりを取り戻すことは簡単ではありません。まずは山が語りかける小さな声を聞き逃さないよう、山を歩き、自然とつながる回路を通すことから始めてみようと思います。(2026年4月29日 現地取材)
坂本大三郎さん
1975年、千葉県生まれ。山形の出羽三山を拠点として、20年以上にわたり修験道・山伏文化を実践。自然に生きる人々に残る文化や芸能を研究し、国内外の芸術祭に参加する。山形県西川町で山間部に伝わる生活の知恵を伝える自身の店「十三時」を運営する。著書に『山伏と僕』(リトルモア・2012)、『山伏ノート』(技術評論社・2013)、『山の神々 』(株式会社 エイアンドエフ・2019)がある。
十三時 https://www.instagram.com/13ji_/
山形県西村山郡西川町睦合丙218-1
info@13ji.jp
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