マタギ文化と大井沢の暮らし/金子利光さん
山に生きる。— 西川町の知恵と術 —②

豪雪地で知られる山形県西川町の大井沢地区は、短い期間の農耕と、それを補う狩猟採集で生活基盤を支えてきたマタギ文化※1の知恵と技術を継承する地域です。 大井沢で生まれ育った金子利光さんも、かつてはクマ狩りに出かけ、山の知識を身につけたという山の達人。さらに現在は、月山湖の大噴水を望む「月山湖売店」を経営しながら、冬の手しごととして〈山葡萄つる細工〉を制作する数少ないつくり手です。
※1 マタギ文化:東北地方や新潟県の山間部で古くから受け継がれてきた伝統的な狩猟集団(マタギ)の狩猟採集文化
日常で使う生活用具
「私が母から〈山葡萄つる細工〉を教わったのは24、5歳だったと思います。当時まだ珍しかったイワナの養殖と民宿を始めた頃でした。つる細工は民宿で売るという目的もありましたが、母は深靴(ふかぐつ)や蓑(みの)などのわら細工もやっていましたから、自分たちが日常で使う生活道具としてつくっていました」

「じつはその後、就職を機に40代でつる細工から一度離れていた時期があります。一方で大井沢の〈山葡萄つる細工〉は、今から30年ほど前に注目を集めるようになり、大井沢が『山葡萄籠の発祥の地』と言われるまでになっていました。西川町のふるさと納税の返礼品としても出品されるようになりましたが、その頃にはつる細工職人が減少し、数少ない職人たちも自分が受注した仕事で手一杯でした。当時、私はふるさと納税手続きの事務を担当していたので、返礼品制作のためにつる細工を再開することになったのです。それ以来つる細工を続けていますが、お店を閉める冬の間しかできません。申し訳ないけれど予約で1年以上順番待ちをしてもらっています」
雪国の暮らしと手しごと

金子さんは、大井沢の昔ながらの暮らしを知る数少ない町民のひとりです。今年で70歳を迎える金子さんですが、西川町の中心地と大井沢では、同世代であっても子ども時代の暮らしぶりに大きな差があったといいます。
「大井沢は町内でも雪が多い上に、小学5年頃までは除雪車も通らなかったので、冬は電線を跨げるほど雪が積もっていました。毎朝母親たちが当番でかんじきを履いて学校まで子ども達を引率し、雪道を踏み固めてくれた後ろを歩いた記憶があります。下校時は、帰り道が分かるように、雪道に目印の茅が数mおきに刺してありました。
冬は父親が出稼ぎでいなくなるので、家を預かる母親と祖父母が冬の内職として籠をせっせと編んでいたものです。今ならプラスチックの安い籠が売っていますが、そもそもお金を出して何かを買うという発想がなかったので、山菜でも何でも山から採って自分たちでつくっていました」
地区対抗フキ採り競争

「昔の大井沢は貧しかったので、学用品もまともに買えませんでした。そこで、小学4年生になると、学校の冬休みの宿題として雪囲いで使う縄を編まされましたよ。学校に提出する縄の長さは、両手を広げた長さを一尋(いちひろ)と数えて、私の記憶では、4年生なら十尋、5年生は十五尋、6年生は二十尋という具合に決められていたと思います。昔の話ですから正確な長さは定かではありませんが、どちらにしてもこのような宿題は、同じ西川町でも下の町(町の中心地)では考えられないことです。大井沢でも私たちがギリギリ経験した世代だと思いますよ」

「春は授業の一環としてフキ採りをしました。大井沢には9つの部落があり、部落ごとの対抗で何kgのフキを採れるかを競いました。秋はヤマブドウです。採ってきたブドウは体育館でビニールシートの上に広げられ、学年ごとに作業時間を割り振られて、房から粒を取る作業をします。ブドウの加工場がちゃんとあり、そこで絞って瓶詰・滅菌をして売っていました。それらを売ったお金で学用品を揃えていたのです」
大井沢小中学校の自然研究活動

当時の大井沢の子どもたちは、家庭でも立派な働き手として、田植えや稲刈り、山菜採りを手伝いをして日常的に自然と関わりながら暮らしていました。さらに珍しいのは、1951年から大井沢小中学校で始まった自然研究活動です。

「大井沢は子どもが少ないので、団体競技のスポーツはダメなんですよ。そのかわり、学校教育の一環として自然研究活動に力を入れていました。生徒たちは、 自分が研究したいテーマの班に分かれて、先生や地域の人たちの手を借りながら、動物の飼育や山での観察・採集、剥製や標本づくりなどをしていました。当時の活動の資料や生徒たちがつくった剥製は、現在も〈大井沢自然と匠館〉に展示されていますよ」
研究テーマは『野鳥班』『獣類班』『昆虫・両棲・爬虫類班』『魚類・養魚班』『養蜂班』『草花班(植物班)』『地学班』『写真班』など多岐に渡り、その内容も学校教育の枠を超えた高度なものばかり。自然の尊さ、いのちの大切さを学ぶ研究活動は、動物作家の戸川幸夫氏の目に留まり、1956年に小説『かもしか学園』として全国に知れ渡りました。
「クマ狩り」で山を覚える
山の知識が豊富な金子さんにとって、自然は先生。これまでの経験のおかげで現在もヤマブドウのツルを自分で集めることが出来ているといいます。
「やっぱり、クマ狩りをやっていたことが大きいですね。狩猟免許を取って猟友会に入ったのが23、4歳だったと思います。大井沢では、獲物を取り囲んで捕獲する『巻き狩り』と呼ばれる猟法で狩りをします」

マタギのチームには、それぞれクラと呼ばれる猟場があり、クマが冬眠から覚める4月20日過ぎからゴールデンウィークの時期に猟をします。クラは雪崩れが起きるような急斜面なので、クマがいつもいるわけではありません。クラは他の場所より雪解けが早い場所にあり、植物が芽吹くのも早いので、巣穴から出てきたクマがエサを求めてやって来るのです。

「巻き狩りメンバーにはそれぞれ役目があり、クラの上の峰には立前(タツマエ)と呼ばれる射手が1、2人。クラの両サイドには、クマを誘導する通切(トリギリ)さん。私のような入ったばかりの若造は、クマを下から追い込む勢子(セコ)という役目でした。また、対岸には山全体を見渡して指揮を取る軍師役の前方(マエカタ)さんがいます。
朝5時に猟を始めたとすると、昼ぐらいにはクマを巻き込み(取り囲み)ます。その間、セコは山をいくつも越えて、朝日連峰の内側を何時間も駆けずり回り、クマを上へ上へと追いやります。マエカタさん以外はクマがどこにいるのか見えないので、トランシーバーからの指示に従ってクマを巻いていきます。その時、自分がどこに居るのか分からないのでは話になりません。追いやられたクマはどんどん山を登っていき、最後には頂上にいる射手に射止められます」

「こんな方法で猟をしていたので嫌でも山を覚えますし、覚えていないとクマ狩りに連れて行ってもらえません。山菜採りのように沢沿いだけでは終わらないのがクマ狩りなんです」
残して守る「採集文化」
今では娘さんと一緒につる細工を制作しているという金子さん。ツルの採集時期も、土日はお店があるので、実際に山へ入るのは2週間程度。それでも毎年、乾燥した状態で4、50kgのツルを集めるといいます。
「昔は山菜蕎麦に使う山菜やガッサンダケ(月山筍/別名:根曲り筍)も、自分で採りに行っていましたが、足腰が弱ってしまったので今は行きません。それでもヤマブドウのツルだけは自分で採りに行きます。私が採りに行く場合は、だいたい10箇所くらいの決まったポイントを回ります。採るのは樹齢20年〜30年、直径5cm程度のツルだけ。地面から切らずに50cm上から切れば、根っこはまだ生きていますから、またそこから伸びます。鳥が実を食べて落とした糞からつるが成長するのを待っていたら時間がかかりますからね。それは山菜や筍も一緒ですよ。それを理解していない他所から来た人は、根こそぎ採ってしまう」

「親から口酸っぱく言われてきたのは、採りきらないということ。例えばゼンマイは、メスとオスがあり、ほとんどの人はメスだけ採ってオスだけ残していきます。本来はオスだけ残すのではなく、メスも10本生えていたら、1、2本は必ず残さないといけません。他にも赤ミズってわかりますか?学名がウワバミソウという山菜ですが、これは『抜かずに鎌で刈れ』と教えられました。そうすると次の年にまた採れるのですが、子どもの頃は知らずに抜いてよく怒らたものです。
今のようにお金を出せば食べ物を買えるという時代ではなかったですから、山菜も春に頑張って採ったものを塩蔵して冬に食べる保存食にしたわけです。でもそれは、今年だけ採れたらいいというものではありません。次の年の分も残さないと来年食べるものが無くなってしまいます。来年も再来年も、この先ずっと採れるように残しておくということが大事なんです」

金子さんは、娘さんにつる細工の技術を教えることはできても、自分の山の知識のすべてを教えることはできないといいます。山の知識とは、山での経験によって身体感覚で身につけるもの。山に入る必要が無くなれば、教えることもできません。かつての大井沢の人たちにとって、山の知識は「生きる術」そのものでした。しかし、暮らしが豊かになるにつれ、大井沢の人たちも山へ入る機会が少なくなり、先人たちの山の知識や自然と共生するマタギの思想を継承していくことが難しくなっています。大井沢の〈山葡萄つる細工〉の価値は、手しごととしての美しさや希少性だけではありません。つくり手の「山に入る理由」であり続けることが、大井沢の文化を残す上でとても大きな意味があるのだと感じました。(2026年4月27日 現地取材)
月山湖売店
月山湖大噴水を目の前に望む峠の売店。「ずんだソフトクリーム」が人気です。
住所 山形県西村山郡西川町砂子関158-130
電話 0237-75-2555
営業時間 9:00~17:00
定休日 不定休(冬期間休業)
金子さんのつる細工に関するお問い合わせは月山湖売店の店頭、もしくはお電話でお願いします。
また、ふるさと納税のページから作品をご覧いだくことも可能です。
ふるさとチョイス 工房光月の検索ページは こちら
シリーズ山に生きる。— 西川町の知恵と術 —

山に生きる。— 西川町の知恵と術 —
山形県のほぼ中央に位置する西川町は、南に朝日連峰、北に出羽三山を望み、山岳信仰やマタギ文化、山菜料理、つる細工など、山に …

山と手しごと/KOGUMA 伊東 広さん
[山に生きる。— 西川町の知恵と術 —①] 山葡萄つるかごで有名な山形県西川町の大井沢地区で、つる細工職人の伊東広さんに、雪国の暮らしの中にある手しごとの魅力についてお話をききました。
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