山と手しごと/KOGUMA 伊東 広さん
山に生きる。— 西川町の知恵と術 —①

冬が長く厳しい東北地方には、農閑期の貴重な収入源として、その土地の気候や風土、人々の暮らしに根差したさまざまな「手しごと」が育まれてきました。磐梯朝日国立公園の麓に位置する山形県西川町の大井沢地区も、この地域で採れる上質なヤマブドウのツルを使った〈山葡萄つる細工〉が有名です。使い込むほどに色艶を増すツルの皮の存在感、「用の美」を追求し、100年もつと言われるほど丈夫なつる細工は、多くの人を魅了しています。
大井沢の手しごと

「今は『籠バッグ』として人気のつる細工ですが、もとは弁当かごや山仕事に行く時などに使う『はけご』と呼ばれる籠など、日常の生活用具としてつくられていたものです。大井沢ではヤマブドウに限らず、アケビのつる細工や、わらで編んだ蓑(みの)、ふかぐつ、ひきずんべ(スリッパ)、雪道を歩く時に使うかんじきなど、さまざまな暮らしの道具を自分たちの手でつくってきました。とはいえ、地域の高齢化や過疎化が進み、素材となるヤマブドウが減少したことで、今では職人の数も片手で数えるほどです」

お話を伺ったのは、2020年に大井沢へ移住し、つる細工の技術を継承した伊東 広さんです。伊東さんは、わずか数年で日本民藝館展に入選するなど意欲的に創作活動を続け、西川町山村活性化地域協議会が2025年に立ち上げた「Like Vine Project」のプロダクトブランドで注目を集めるつる細工職人です。
雪国の自然と暮らし

伊東さんは、大井沢で古民家の改修をする兄の手伝いとして2020年にこの地を訪れ、雪国の暮らしに感銘を受けたといいます。
「ここは1年の半分が雪に閉ざされ、積雪が3mになることもあります。地元のお年寄りに話を訊くと、昔は医者に診てもらうために冬の山を越えて隣町まで歩いて行ったそうですから、その過酷さは想像を絶します。僕は大井沢に来るまで世界中を放浪し、人の生き抜く知恵や術というものに関心を持っていました。ここにはまさに、厳しい冬を越すための生活の知恵や術があり、尊敬できる暮らしがあります。そうした暮らしを自分もしてみたいと思ったことが移住のきっかけです」

その後、後継者不足により存続の危機を迎えている〈山葡萄つる細工〉の存在を知り、つる細工の継承を決意。現在は築100年以上の古民家で暮らしながら、大井沢で唯一〈山葡萄つる細工〉を専業とする職人として制作を続けています。
大井沢の〈山葡萄つる細工〉

ひとつ作品が仕上がるたびに地域の職人たちにアドバイスをもらい、つる細工の技術を磨いてきたという伊東さん。大井沢のつる細工には、どのような特徴があるのでしょうか。
「大井沢では、細いひごで隙間なく編み上げる『網代(あじろ)編み』という技法が伝統的な編み方です。もうひとつの特徴は、籠の縁(ふち)ですね。大井沢では矢筈縁(やはずぶち)という技法が主流で、何度も往復して編み込むことで、がっちりとした堅牢なつくりになっています。籠の形は縁に向かって少し丸みを帯びています。角張ると今っぽい『籠バッグ』にはなりますが、僕は伝統的で機能的な大井沢のかたちを踏襲しています」

山からはじまる「手しごと」

伊東さんのつる細工制作は、山へ入るところから始まります。6月中旬から7月中旬のわずか一カ月がツルの採集シーズンです。
「梅雨時期はツルが水を一番吸い上げる時期なので、ツルの成長に伴って幹と樹皮の間が浮いて皮が剥ぎやすくなります。この時期しか皮が剥げないので、一年分のツルを一カ月で集めます」
ヤマブドウは耐寒性が強く、冷涼な気候を好むため、月山周辺では標高100〜1000mの地域に自生します。標高約440mの大井沢にも、古くから林縁や沢沿いなどに群生していた植物です。

「ヤマブドウは、一度採取した木から再びつる細工に適した太く長いツルに成長するまでに数十年かかります。ところが30年ほど前に大井沢のつる細工が注目されたことで、地元の人だけでなく県外から採りに来る人が増えてしまいました。そのような理由から今ではとても貴重な植物になってしまいましたね」

「ヤマブドウのツルを採集する時は、鬼皮の表面や皮の剥け具合、厚みを見て必要なツルだけを採ります。たとえその年はツルの状態が悪くても、雨や気候などの条件で、次の年にはちょっと良くなることもあります。そうしたことを見極めながら、できるだけ無駄が出ないように採っています」
山で採集したツルは、その場で外側の鬼皮を剥ぎ、さらに内側のきれいな皮だけを集めます。ひと月で山に行く回数は限られているため、1日に集める皮はおよそ30kg。そのため、山に入ってからヤマブドウを探すのではなく、あらかじめ見つけておいた場所を効率良く巡りながら採集しなければなりません。
「ヤマブドウは、秋になると他の植物より早く葉っぱが色づくので見つけやすくなり、冬は落葉するので、ツルが見えやすくなります。そのようして日頃から山菜採りやキノコ狩りのついでにヤマブドウを探しています」
つる細工職人は、自分の採集ポイントを誰にも言いません。天然素材と向き合うつる細工職人にとって、作品の良し悪しを決めるツル採集は、大切な制作工程なのです。
自然の理にかなったものづくり

「山から採ってきたツルの皮は、天日で十分乾燥させ、編むまでの間はカビさせないように屋根裏などで保管します。籠を編む時は、山から引いた冷たい水に一昼夜浸し、柔らかくしてから使います。流水に浸しているので、山の水が使えるのは助かりますね」
西川町は、月山や朝日連峰など周囲の山々の雪解け水がブナ林によって地下に蓄えられた、水資源の豊かな土地です。大井沢地区では、堰(せき)から水を引いて生活・農業用水として利用しています。

柔らかくなったツルの皮は、均等の幅にハサミ入れて「ひご」にし、厚みを揃え、なめして一本一本を均一に整えます。細いひごを使って緻密に編み上げる網代編みは、ひごづくりの工程で作品の仕上がりが決まるため、この工程に、制作時間の6〜7割を割くといいます。

「網代編みの部分は、多少厚みがあって硬いひごでも大丈夫ですが、取っ手の部分のように細かく巻く部分は薄くて柔軟性のあるひごを使用します。ひごの厚みは削って調整もできますが、削ってしまうとその分強度が弱くなってしまうので、そのまま使うのが一番です」

「編む場所によってツルの皮の厚さを変えるために、あらかじめ山で3種類(普通・薄め・厚め)の厚さに分けて集めます。長さが足りないものや、節があるものなど、網代編みに不向きな素材は、ツルの個性を活かした籠やコースター、アクセサリー小物の制作に使っています」
暮らしに宿る美意識を伝える

伊東さんが暮らす古民家には、彼の作品の他に、地域の人たちから譲り受けた古い農具や生活道具が大切に飾られています。伊東さんは、古民家の暮らしを「不便で寒い」と言いつつ、地元の人たちがほとんど忘れてしまった「暮らしの中にある美しさ」を、ひとつひとつ丁寧に拾い集めるように暮らしています。

〈山葡萄つる細工〉の職人として精力的に制作活動を続けていても、伊東さんの中心には「尊敬できる暮らし」があり、ものづくりは、その中の一部なのです。

「ものづくりは、大井沢を知ってもらうための一つの手段です。僕にとって大切なのは、大井沢の伝統を受け継いだ継承者として次の世代に繋げていくこと。そして、つる細工をきっかけに、自分が好きな大井沢を多くの人に知ってもらうことです。そこに僕がやる意義があると思っています」
(2026年4月27日 現地取材)
伊東 広さん
1990年生まれ。長崎県出身。世界30カ国以上を旅し、帰国後、2020年に訪れた山形県西川町大井沢で雪国の暮らしに感銘を受け、そのまま移住を決断。地元の職人から〈山葡萄つる細工〉の手ほどきを受け、現在は築113年の古民家で暮らしながら制作を続けている。2023年〜25年、日本民藝館展入選。2024年、「NIPPONの47 2025 CRAFT 47の意志にみるこれからのクラフト」に選出される。
Website:koguma-o.com
Instagram:__ko_gu_ma__
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