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シリーズ森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~

木を見て森を見ず? いやいや、うっかり見過ごしてしまうような森の小さな草木たちも森林という舞台で懸命に生きているのです。森を足元から見てみると、そこには魅力あふれる役者たちが暮らしていました。

お赤いのがお好き

森の舞台の役者たち ~植物の暮らし拝見~ #3

年明け早々大きな震災と航空機事故で多くの人命が失われました。ここに犠牲者の方の冥福をお祈りしたいと思います。

震災が起こるたびに思うのは、人間がコントロールできない自然現象が身近にあることを、現代に暮らす我々は忘れがちではないかということです。植物は与えられた環境から逃げ出すことが難しいので、起こったことを受け入れ、なおかつ様々な工夫をこらすことで乗り切って子孫を残しています。人間もそんな逞しさに学ぶべきではないかと思う今日この頃です。

さて、今回は人間と植物たちの関わりについても触れながらお話を進めたいと思います。人間に見つけられ、半ばペット化された植物たちのお話です。

緑の葉に赤い実

突然だが、お正月が過ぎて随分経つ。お正月といえば門松。飾りにはお正月の縁起物として売られているセンリョウ、マンリョウなどがよく使われる。これらの樹木は冬でも緑色の葉をつけて青々としており、そこについている赤い実がよく映える。センリョウ、マンリョウ以外にもこういった外観の樹木はいくつかあり、昔から日本人に愛されてきた。

一方で、西洋にも冬に葉をつけ、同時に赤い実を実らせる樹木がある。有名なのは、クリスマスリースに使われるセイヨウヒイラギである。葉のトゲはキリストが処刑時にかぶらされていたイバラのトゲを、赤い果実はそのときに流された血をあらわしているらしい。寒冷で長い冬の続くヨーロッパ中北部では、常緑樹自体が珍しい。彼の地の人々は冬でも青々と葉を茂らせている植物を特別なものとして、その活力を感じ取っていたのだろうか。

クリスマスリース

縁起物5兄弟

センリョウ、マンリョウの名前はどこからきたのだろうか。

植物学の世界では曖昧さを嫌うため、植物名を表す際に読み方が何通りもある漢字を使わず、カタカナで表記する。しかしこれでは名前の意味がわかりにくいので、あえて漢字でセンリョウ、マンリョウを表すと千両、万両となる。一説では小さな身体に多くの果実をつけることから、金持ちを連想させるとしてこの名が付いたらしい。

マンリョウ(万両)
センリョウ
センリョウ(千両)

ほかにも百両、十両、一両とされる小さな樹木がある。それぞれ標準和名をカラタチバナ(百両)、ヤブコウジ(十両)、アリドオシ(一両)という。ヤブコウジは前回のお話の中に出てきた、あのヤブコウジである。さしずめ縁起物5兄弟といったところか。

カラタチバナ(百両)
ヤブコウジ(十両)
ヤブコウジ(十両)
アリドオシ(一両)
アリドオシ(一両)

実際にセンリョウとマンリョウ、アリドオシを一緒に寄せ植えして、「千両万両在り通し」として手元にお金があり続けるという意味の縁起担ぎをするという。いやはや日本人は駄洒落好きである。また、落語の「寿限無」の中で縁起物を寄せ集めた長~い名前が出てくるが、その中の「やぶらこうじのぶらこうじ」というのは当時から縁起物として扱われていたヤブコウジのことである、と考える人もいるらしい。

これら5兄弟たちはみな小さな赤い実をつける常緑樹であり、すべてが林床で暮らす低木たちだ。

フィーバー

巨体に多くの細かい実をつけるタマミズキなど、赤い実が多数つく樹木はほかにも数多くある。

しかしセンリョウ、マンリョウ、ヤブコウジには古く江戸時代から鉢物として栽培され、愛されてきた歴史がある。それはひとえに小さな体にクッキリとした可愛らしくも良く目立つ赤い実がつくからではないだろうか。日本人は小さくて可愛いものを愛でる傾向があるように思う。樹木に関しても、元々小さくはない種類を栽培技術を用いて矮性(わいせい)化することができる。盆栽がそうだ。それならば、元から大きくならず手間のかからない樹木を「家で飼おう」と思うのは自然なことなのかもしれない。

マンリョウとヤブコウジは葉に斑(白い模様)が入ったり、実が黄色かったりと、通常の野生個体とは少し異なったものが古くから栽培されており、カラタチバナと共に古典園芸植物の一角を占めている。特にヤブコウジに関しては、江戸時代に大流行し、栽培品種の番付表まであったらしい。記録にのこっている最多品種数は124だそうで、このうち現代には約50が伝えられているそうだ。さらに明治時代にはおもに新潟で一大ブームが巻き起こり、投機目的の売買によって鉢の値段は急上昇、中にはひと鉢が現代の価格にして2,000万円を超すものまであったという。

同じ時代に多くの園芸品種が生まれたマンリョウについては、現代まで80の品種がそのまま伝わっている。カラタチバナはなんと江戸時代には143の品種があったらしい。現代では50ほどの品種が知られている。

ちなみにマンリョウ、カラタチバナ、ヤブコウジはすべてサクラソウ科ヤブコウジ属の樹木であり、互いに近縁である。一方で、よく似たセンリョウはセンリョウ科センリョウ属の樹木であり、これらサクラソウ科の樹木とは系統的に離れている。ちなみに一両であるアリドオシはアカネ科の低木であり、これも系統が異なっている。

緑と赤の理由

縁起物5兄弟のうち、私が赤以外の果実をつけているものを見たことがあるのは、カラタチバナ(下写真左側)とセンリョウ(下写真右側)である。センリョウは園芸品として植えられているものなので、野生で見たモノはカラタチバナだけということになる。縁起物5兄弟のような林内を棲み家にしている低木にとって、実が赤いことには意味があるのだろうか。

シロミノタチバナ
キミノセンリョウ

そもそも実をつける目的とは何だろう? それは遠くに種を運んでもらうことである。子孫を遠くに送る意味とは? 一つには近くに子孫が集中してしまうことによって近親交配が起こりやすくなるのを回避する意味がある。近親交配が続くと遺伝的な不具合が出やすくなる。もう一つは、親の周囲にある高いリスクを避けるためである。親の周辺は子供にとって好適な環境であるように思えるが、一方で親を利用するために植食性昆虫やカビなどの病原体が集まってくるため、リスクが大きい。生存率を上げるには親から離れた方がいいのだ。可愛い子には旅をさせろというが、まさに子のためを思えばこそ親木は遠くに種子を運んでもらうべく様々な工夫をこらしている。

運び手としては様々な生き物が考えられるが、中でも遠くに運んでくれそうなのが鳥である。多くの樹木が鳥をターゲットに美味しそうな果実を作って誘いをかけている。鳥にとって一番よく見える色は何だろうか。鳥の方が人間よりも視細胞(光センサー)の種類が多く、微妙な色の違いを見わけられるそうであるが、ヒヨドリ、ツグミ、メジロなど果実食の鳥に果実を提供している多くの樹木が赤や黒い色の果実をつけることから、これらの色が鳥たちに強くアピールしているのだろう。

林内にはあまり光が差し込まないうえにチラチラとした木もれ日が多い。薄暗くてものが見えにくい環境でも目立つのは、やはり緑の葉をバックにした赤い果実なのかもしれない。

他人のそら似

今回の登場人物たち、縁起物5兄弟と紹介したが、じつは三兄弟(サクラソウ科)と赤の他人2人(センリョウ科とアカネ科)であった。血縁関係にあるカラタチバナ、マンリョウ、ヤブコウジがよく似ているのは当然として、残りの2つの樹木はなぜこれらと似ているのだろう。

それは少ない林床の光を効率よく使って細々と生きる生き方や、精一杯果実を目立たせて、林床で餌を探している鳥たちにアピールする、その方法の一つの成功例がこういったスタイルだったからなのではないだろうか。みな売れる方法をマネした結果、同じようなスタイルに落ち着いたということだ。

おわりに

人間の視細胞(光センサー)には桿体細胞(かんたいさいぼう)と、赤と青と緑の3種類の錐体細胞(すいたいさいぼう)が知られている。ところが初期の哺乳類は桿体細胞の他には赤と青の光センサーしか持っていなかったそうだ。夜行性だった彼らには、桿体細胞とこの2つのセンサーで十分だったらしい。しかし、赤と青の2種類だけでは暮らして居た森林内で、背景となる成熟葉の緑と熟した果実の赤を見わけられない。そこで霊長類では赤を感じる光センサーから新しく緑を感じるセンサーを作り出した、という仮説がある(※)。これにより森林内で背景の緑から果実など「成熟した葉で無いもの」を見わけやすくなった、ということだ。

我々が森の中で赤い実を見つけると嬉しくなるのは、遠いご先祖さまが森林で暮らしていた頃、食べられる果実にありついて喜んでいた、その名残なのかも知れない。

※なぜ霊長類に3種類目のセンサーができたのか、仮説はほかにも多数あります。


今回の役者たち

クリスマスリース

セイヨウヒイラギ(モチノキ科)
トゲがあるところは似ているが、日本のヒイラギとはまったく別の種類。リースに使われ扉にも飾られるが、日本のヒイラギも節分で戸に吊されるので、使われ方が似てるかも?!

マンリョウ

マンリョウ(万両)サクラソウ科
鉢物でお馴染みの古典園芸植物。葉の縁にあるナミナミ(葉粒)に飼っている細菌は窒素固定しているとされていたが、最近の研究で窒素固定しない別の細菌を間違えていたことが判明。

センリョウ

センリョウ(千両)センリョウ科
正月のお飾りでもお馴染みの樹木。切り枝の流通量は兄貴分のマンリョウを凌ぐほど。園芸品種の種類は少なくても定番のキミノセンリョウはお庭によく植えられている。

カラタチバナ(百両)サクラソウ科
ほかの種類に比べて野外で見かける機会が少ないレアキャラ。江戸時代の流行期に一鉢百両の値がついたのが別名の理由だとも。他に比べて葉が細長くてお上品な感じ。

ヤブコウジ

ヤブコウジ(十両)サクラソウ科
今回の主役。可愛らしい実は近づいてよく見るとまるでリンゴのよう(近縁ではないですが)。ヨーロッパに生えていたら間違いなくクリスマスリースに使われていたのではないかと。

アリドオシ(一両)アカネ科
一両なのは実がちょぼちょぼしかつかないからか? 蟻も突き刺すような鋭い棘で武装するシッカリ屋さん。似たものに地面を這うツルアリドオシも。そちらも赤い実がカワイイ。


著者:柳沢 直(やなぎさわ なお)
岐阜県立森林文化アカデミー教授。
京都府舞鶴市出身。京都大学理学部卒業。京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の生態を研究。博士(理学)。専門は植物生態学。地質と植生の関係に興味がある。1990年代に里山の調査に参加する中で里山の自然に触れ、その価値を知る。2001年より現職。風土と人々の暮らしが育んできた岐阜県の自然が大好きだが、最近細菌性の風邪で声が出なくなり、ストレスを溜めている。

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