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シリーズ里山よもやま話 〜人と植物が暮らす社会〜

人が手を加えることで環境が維持されてきた「里山」(さとやま)そこで人や植物、獣たちはどのように暮らしているのでしょうか? …

最強のツル植物① 空き地の暴れん坊将軍 “クズ”

里山よもやま話 〜人と植物が暮らす社会〜 #1

熱心な読者の皆さん(いるとしてだが)お久しぶりである。筆を置いたはずだが、もう少し続けられそうな気がしてきたので、引き続き植物についてのよもやま話におつき合い願いたい。

蔓=ツル、カズラ

さて、何について書こうか思案しているうちに、ふと「ツル」が頭に浮かんだ。
「ツル」と言っても縁起がよくてお正月によく登場する、1月の花札のカードで松の横に佇んでいるアレではない。植物の「蔓(つる)」である。「蔓」という漢字は「かずら」とも読める。実際植物の和名には「ツル」や「カズラ」を含むものが数多くある。ツルウメモドキ、ツルマサキ、ツルニンジン、他の植物の名前にツルの冠をかぶせたものから、サカキカズラ、クロヅル、サンカクヅル、ホタルカズラ、コウモリカズラ、テイカカズラなど、植物や色、形、時には動物の名前や歴史上の人物の名前にツル(ヅル)やカズラを追加したものもある。ツルは昔からあった言葉であり、カズラは「髪づる(かみづる)」が変化してできた語であるという説に則れば、どうやらカズラの方がツルよりも後にできたものらしい。ツルの語源は分からないが、私の勝手な想像では、ものをぶら下げることを吊る(つる)というので、ぶら下げるときに使っていた植物を「つる」と呼んだのではないかと思う。無責任きわまりないが、合っているのかどうか定かではない。

ふと気づいたのだが、「ツル」で始まる植物の名前はあるのに、「カズラ」で始まる植物名は思い当たら無い。なぜそうなのかについても答えはない。私にとっては謎である。我が浅学ゆえ、ご存知の方はぜひ教えていただきたい。

ちなみに本稿では「ツル植物」とは、直立した幹を持たず、植物を含む他のものにからみついたり、地上を這う、細長く伸びる茎を持つ植物、と定義しておく。さてさて、ツル植物あれこれ、お話のスタートである。


林縁(りんえん)ってなに?

ところでツル植物の前に、まずは林縁環境の話を。里山には林縁とよばれる環境が多い。簡潔に言えば、林縁とは林と開放空間の境目のことである。なぜ里山には林縁が多いのか。ひとつの谷を使ってつくられた谷津田を思い浮かべてほしい。水田を中心に林や溜め池、草地などの各要素が配置された里山では、林がその他の要素を取り囲んでいることが多い。特に谷津田(やつだ)*では細長い形の水田スペースを林が取り囲んでいるというパターンがよくみられる(写真1・2)。その境界をたどれば、どこまでも続く林縁の世界をみることができる。

*谷津田(やつだ):谷戸田(やとだ)ともいう。谷合につくられた田んぼ。丘陵地に多い。

谷津田と林縁
写真1:谷津田の環境と林縁の位置関係。赤い線は林縁を示す。田んぼを里山林が取り囲んでいる。
谷津田
写真2:谷津田の最奥部から出口方面を望む。田んぼの左右は森林であり、林縁が続く。

林縁にはツル植物が多い?

埼玉県の比企(ひき)丘陵の谷津田で、ほんの10m程度だが、この林縁に出てくる植物を調べてみたことがある。出てきた植物は、カラスウリ、ミツバアケビ、ヘクソカズラ、ヤマノイモ、フジ、クズ、ツタ、ジャノヒゲ、ヤブコウジ。最後の2種を除くとすべてツル植物である。林縁にはツル植物が多い。この場所が特別なのではなく、おしなべて日本全国どこでも見られる光景である。

なぜ林縁にツル植物が多いのだろう。それは一言で言ってしまえば日当たりの問題である。言うまでもなく、特殊なもので無い限り、植物は光がなければ生きてはいけない。そのため植物の生存に関わる労力のうち、光の獲得に割く割合は非常に高い。光を手に入れるために、あの手この手で努力する。時には他の植物を出し抜いたりもする。それはまるで資本主義社会で人がお金を得るために汗水垂らして働くようなものだ。

光を得る方法として至極まっとうなのは、自分が成長して高さを稼ぐことである。誰よりも高い位置に葉をつけることができたなら、誰にも邪魔されずに遠慮無く光合成が可能だ。このあたりは以前の連載でややしつこいくらいにお話しさせていただいたので憶えておられるかもしれない。例えるなら、植物が高さを求めて大きくなるのは、一から起業して正直に商売をし、最後に育てた会社が成功して大企業になるのと同じ事である。

コスパ良く生きる“よじ登り系”植物

しかし世の中正直者ばかりで回っているわけではない。楽して儲けられればそれに越したことはないのである。つまり植物でいえば、高さを稼ぐ方法は苦労して幹を太らせ、上に伸びるだけではないということだ。背の高い他の草や木、場合によっては岸壁などによじ登ってしまえばいいのである。いやいや、よじ登るのにも苦労はあるだろう、と思うかもしれない。しかし、光合成で稼いだ養分(光合成産物)をどれだけ使うかで考えた場合、このよじ登る方式は、太い幹や茎をつくる場合に比べて格段にコストが少ない。つまり他の草木によじのぼっている植物は、他人のインフラを使って商売をしている訳で、コストを下げることができるという点では有利である。それがツル植物という生き方、という訳だ。

それではツル植物はどんな環境でも有利な生き方なのだろうか?
もしあなたがツル植物だったとして、暗い林の中でその人生をスタートしなければならないとしたら、どうだろうか。直立、自立した幹を立てるのに比べてコストは小さいとはいえ、光の乏しい林床を生き抜くのはそれだけでホネである。ましてや林冠を目指そうとするならば、相当の蓄えが必要なはずだ。

一方で林縁の環境であれば、よじ登っている林の反対側は常にオープンなのだから、登っていく途中でも十分光を得ることができる。林冠にたどりつければそこはパラダイス(光に関しては)だ。そりゃ林縁にツル植物が集中する訳である。林縁はツル植物が有利になる自然環境なのだ。

こうしてツル植物で覆われた林縁の植物群落(しょくぶつぐんらく|複数の植物の集まり)をマント群落、マント群落の裾の平坦な部分をソデ群落という。2つ合わせて林縁の典型的な群落として「マント・ソデ群落」などとセットで呼ばれることもある。このマント群落が発達すると、林内には光が射し込まなくなり、風の通りも悪くなる。マント群落は林内の環境にも影響を与えるのだ(図1)。

図1:マント群落とソデ群落。マントはまぁ分かるとして、ソデ群落は何でソデ??舞台のソデだとすると位置が微妙…。

最強のツル植物は…

さて、そんなツル植物のうち、時に他を圧倒することのできる強力な種が2つある。両方とも割と身近に見られる植物だ。それがクズとフジである。タイプは違うが、どちらの種も旺盛な栄養繁殖を行う。

クズ ~空き地の暴れん坊将軍~

クズを漢字で現すと「葛」となる。「葛」の読み方のひとつに「かずら」がある。「かずら」はツル植物に対して使われる言葉だ。と、いうことは、クズはツル植物の代表として古くから認識されていたに違いない。クズの繁殖力はすさまじい。さきほどツル植物が得意なのは、林縁などよじ登るものがある場所であるとお伝えしたが、クズの場合は平坦な場所でもお構い無しである。空き地や耕作放棄地、河川敷など、木など目立ってよじ登れるものがなくても、辺り一面はびこっている(写真3)。

写真3:堤防斜面を覆ってしまったクズ。こうなると覆われた地表面は真っ暗に。

クズの葉っぱは大きい。大きなものは大人の掌を優に越えるサイズである。こんな葉っぱで覆われたらその下の地面は真っ暗とは言わずともかなり暗くなってしまう。そうなると、多くの植物は光を遮られて発芽できなかったり、発芽してもその後の成長が抑制され、多くの場合枯れてしまう。するともう、そこはクズの天下である。逆らえるものなどありはしない。人間の刈り取りか除草剤くらいのものである。

クズにもある弱点

こんな暴君のようなクズではあるが、シンプルな弱点がある。それは光だ。どんな植物でも光を絶たれては生きていけない(完全寄生植物など少数の例外は除く)。けれどクズの場合は、多くの植物と比べてより強い光を必要とする。なので、暗くなってしまう林の中でクズの葉を見かけることはまずないと言っていい。

河川敷は、たまに増水したときに生えている樹木が根こそぎ流されるので、クズにとっては嬉しい遮るものがないまっさらな一等地が出現する。人が手入れをしなくなった空き地や耕作放棄地も、クズにとってはパラダイスだ。普通はほうっておけば樹木が侵入して林になっていくが、初期に素早くクズが全体を覆ってしまえば、当分の間樹林化することはない。クズだらけになる。

クズと草刈りの攻防戦

昔、毎年草刈りをしている河川堤防の草地で植生調査をしていたときのことである。草地に1m四方の枠を複数作り、中に出てきた植物を毎年毎年しつこく調べるという調査なのだが、そのうちいくつかの調査枠にクズが侵入してきたことがある。最初はタコが足を伸ばすように、猫が抜き足差し足で獲物に近づく時のように、遠慮がちに伸びてきた。しかし、毎年決まった時期に年2回草刈りが入るので、近づいてきては刈られ、また諦めずに伸びてきて、を繰り返していて、なかなか調査枠内に到達できなかった。面白くなってきて、その調査枠周辺の草刈りを停止してもらうと、クズは旺盛に伸び始め、枠内に広がってきた(写真4・5・6)。

草刈り中
写真4:毎年2回の草刈りを行っていたとき。まだ調査枠内にクズの侵入を許していない。
写真5:草刈りを停止した翌年。枠内の草の背が高くなると同時に調査枠内にクズが入ってきた。
写真6:全体を覆い尽くすかと思われたが・・・。

この一件で人による草刈りも、クズが優占するのを妨げているということがよくわかった。完全に全体を覆ってしまうのか。それとも衰退してしまうのか。このあとどうなるのか、続きを見てみたかったのだが、20年くらい続いていたその調査枠は堤防道路にアクセスする取り付け道路の工事であっけなく潰されることになった。たぶん今頃はアスファルトの下だ。非常に残念である。

アメリカにも勢力を伸ばすKudzu

この短時間で地表を覆ってしまう性質を買われて、クズは海外で緑化にも使われたこともある。私の世代だと高校の地理の教科書にも載っていた、有名なテネシー川流域開発(TVA)である。治水と発電、そして世界恐慌後の雇用対策として1933年から行われた大規模事業だが、その中で建設されたダムに関連した緑化事業でクズが使われたということになっている。しかしTVAの公式サイトでそれに関する記述がないか探してみたが、見つからない。そのかわり、1930年代から1950年代にかけて土壌保全局(Soil Conservation Service)が土壌浸食をコントロールする有用なツールとしてアメリカ南部に導入した、という記載を見つけた。ならばTVAの中でも使われていて不思議ではないだろう。一方で、現在は侵略的外来種としてのクズはアメリカ国内では広く認知されているようだ。Kudzuはそのまま英語の一単語として通用するくらいである。一度定着すると、1日1フィート伸びていくとか、すべてを飲み込んで広がっていくとか、その旺盛な繁殖力を紹介した記事が目につく。

美しく派手なクズの花

北米では緑化目的で導入されたクズだが、元々は観賞用だったらしい。そういった目で見直すと、クズの花は美しい。デザイン的にも紫色の中に大胆にも補色の黄色で差し色をしていてよく目立つ(写真7)。

写真7:意外と綺麗なクズの花。中央の黄色は花粉を媒介する昆虫にアピール?

国内に目を向けると、クズは古くには万葉集、山上憶良バージョンの秋の七草の1つとして登場する。秋の七草に含まれる草は、地味な花の多い春の七草と比べて花が派手なものが多い。見た目で選んだ7種類であるとよく紹介される。クズを米国でも最初は観賞用に導入したというのも頷ける。

根も葉も花も。暮らしの中のクズ

ほかにもクズには色々な利用法がある。クズの根には、血行改善、血糖降下、解熱作用など様々な薬効があるので、有名な葛根湯の原料にもなる。また、葛きり、くず餅などのお菓子は元々クズの根から取りだしたデンプンを利用して作る。多い場合には実にその30%がデンプンであるらしい。ちなみに葛粉をとる時には、空き地にはびこっているようなクズの根を掘ってもダメで、長い年月をかけてつくられた根でないと使い物にならないそうだ。時には植生遷移が進んで林が成立してしまっている、林内を掘ることもあるという。その場合、掘り上げたクズの根は子どもの脚の太さくらいあるらしい。また、葉や蔓はタンパク質を多く含み、よい家畜の飼料にもなる。人間もクズの蔓の先の軟らかいところを摘めば、天ぷらでいただくことができるし、花を乾燥させて綺麗な色のお茶をいれることができる(つくってみた経験でいうと香りはよろしくない)。また、クズの葉を丸めて片方の手に挿し、もう片方の掌で打つと「パン!」と音がする「クズの葉鉄砲」は、昔からの子どもの遊びである。また、落とし紙(昔の汲み取り式トイレでお尻を拭く紙)のような用途で使うときにもクズは有用である。

このように日本人は古くから花を愛で、様々に利用してきたくせに、最近は、はびこりすぎて邪魔もの扱い。いやはや人間は薄情な生きものなんである。

と、いうことで、調子に乗ってクズの話をしているうちに長くなってしまった。まだ最強のツル植物の片割れ、フジの話が残っているが、そのあたりは次回に持ち越そうと思う。


今回登場した植物

クズ(マメ科)
「このクズめが!」と言って踏みつける真似をしてみる。が、名前がクズなだけで植物に罪はない。どころか知れば知るほどデキるヤツなのだ。なぜゴミ屑のクズと植物のクズが同じ発音なのか。偶然かもしれないが気になるところではある。

フジ(マメ科)
今回出番がなかったが、次回には主役の予定。こちらもなかなかデキるヤツ!? 乞うご期待!


著者:柳沢 直(やなぎさわ なお)
岐阜県立森林文化アカデミー教授。
京都府舞鶴市出身。京都大学理学部卒業。京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の生態を研究。博士(理学)。専門は植物生態学。地質と植生の関係に興味があるが、そういえば本編ではあまりその話をしていない。2001年より現職。風土と人々の暮らしが育んできた岐阜県の自然が大好きだが、最近手に入れた古いバイクのエンジンがかからなくなり、直さなければならないのに寒くて腰があがらず。早く直して県内をブラブラしたいが、来春以降になりそう。

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