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シリーズ「山って…何なん?」 と何度もつぶやくことから始まった、山主候補生の活動日記

祖父が残した言葉をきっかけに、山へ通いはじめた「私」。祖先が守ってきた山とは、何なのだろう。

山の境界を歩く(3)

山の家の裏には、茶畑が広がっていたらしい。見事な石積みだ

ルールの手ほどき

祖父が残していった山を知るため、元林野庁職員のKさんと一緒に山歩きをはじめた私。初回では道なき道に圧倒されたものの、その後も月1回のペースで山歩きを続けた。

何度か歩き続けるうちに、素人の私でも見えてくるものがあった。それは「山」という自然ではなく、人の痕跡だった。突如あらわれた段々畑、炭焼き釜の名残り、尾根の平坦な道。誰かが作ってくれたアスファルトの道に慣れ過ぎて、心血注いで作った人の存在を忘れていた。
もちろん、Kさんからの指南で気付くことができたわけだ。人工林の美しさは、先人の手入れを踏まえた美しさであることを。木が太く真っすぐ伸びている健全さや、そのための定期的な間伐、間伐のための林道整備の大切さを。実際の山を歩きながら、人工林のルールをKさんから解説してもらえた私はラッキーだ。生きているうちには体験できない、過去を模倣するような味わいだったから。

歩みをすすめて

Kさんおすすめのスパイク足袋に脚絆(きゃはん)を巻いて。足元の装備も完璧。

歩くために頼りにしたのは、例の昭和30年代に作成された森林計画図(*1)。KさんはGPSを持って計画図の書き込みを頼りに、山を一緒に歩いてくれた。
私の山歩きの目的は、相続する山がどこにあるのか、境界線がどこなのかを理解し、後世にわかるようにしておくこと。とはいえ、当時の私には木に書かれた屋号を見て「ここがうちの山の境界かあ〜」と思うのが精一杯。全体像を把握するにはとんと至らなかった。

相続する山の全体像を知りたいという私のリクエストに対し、Kさんは「愛知県では、愛知県総合型地理情報システム〈マップあいち〉というものをWeb上で公開しているから、この地図データにGPS情報を落とせないか?」と提案してくれた。

(*1)連載#2「ところで…「山」ってどこにあるの?」で登場した、お祖父さんが残した森林計画図のこと。

Kさんと一緒に歩いたGPSデータを地図に落としたもの。赤い丸が山川家屋号の印がある木の位置、緑の線は歩いた軌跡(少なくとも赤丸があるところは全て歩いているが、すべて表示するとぐちゃぐちゃになるので一部のみ表示)

〈マップあいち〉のデータが欲しい!と思った私は、さっそく県庁の林務課に電話を入れた。仕事柄、役所とのやり取りには慣れているので、躊躇いはなかった。個人からの接触がほとんど無い本庁の職員さんは驚いていたが、丁寧に対応してくれた。
結果として、〈マップあいち〉は閲覧用のためデータをもらえなかったが、県が所有する森林簿をPDFで提供できる(*2)とのこと。山に関するものはつぶさに持っておきたかったので、県庁まで受け取りに行くことにした。

(*2) 当時は森林簿のみ受け取ったが、実際は森林基本図、森林計画図も提供可能とのこと。ただし扱う部署が違うため、確認が必要。

一つずつ、とにかく確認

屋号を書き直す
ひたすら山を歩く

県庁での面会時に、せっかくなので二つほど質問をしてみた。
①愛知県では所有者不明の山や、管理されてない山って、結構あるんですか?
②管理されてない山を自治体が集めて、間伐などの施業を実施する制度(森林経営計画制度)があると聞いたんですが、そういうものを利用することは可能なんですか?

当時の私から、こんな質問が出てくるはずはない。Kさんの受け売りだ。県とKさんの反応は以下のとおり。

①登記はあるけれど、持ち主不明の山は3割程度(*3)とのこと。

Kさんに伝えると「少なくともその3割の山は全く管理されてないということなんですね」という返事。多いor 少ないという反応がかえってくると思っていたので、認識の確度に驚いた。私の貧困な想像では、山の担い手が3割も消えたというイメージ。これからの人手不足の時代、未来の山はどうなるのだろうと勝手に心配になった。

②愛知県内で制度を利用した事例は2例のみ(*4)という返答だった。

Kさんは「他県に比べて、愛知県は森林が多くないので、そんなに進まないのかもしれませんね」と言った。この言葉に影響され、私は旅に行くと山の風景をじっくり見るのが趣味になった。広葉樹・針葉樹・尾根・谷・若齢林・壮齢林……今まで知らなかった森林の言葉を知ったことで、車窓から見える風景は漠然とした「山」ではなくなった。

(*3) 実際は、登記はあるが所有者不明の「人数」「筆数」「森林面積」によって変わり、正確な数字の答えは難しいとのこと。「3割」という数字も恐らく、当時の担当者の体感とのこと。

(*4) 愛知県には森林経営計画制度だけではなく、あいち森と緑づくり事業など、人工林整備のための保全活動が他にもあり、事例も多い。

尾根に出た。下は崖だ。Kさんはここで30分ほど居眠りをした

山に関する資料を、根掘り葉掘りもらってこようとしていた私に、Kさんは言った。「森林簿で大まかな山の資源状況、森林計画図で大まかな境界と地形がわかったので、山を歩くには支障ありません。市町村が作成する林地台帳が、森林所有者や森林の土地の所在を確認するための公的な資料になりますが、森林計画図への書き込みなどから、大まかな所在はある程度把握できるので、現時点では無くても事足りると思います」

ここまでのやり取りだけで、私はどれだけ言葉を検索しただろう。
「森林簿」「森林基本図」「森林計画図」「筆数」「森林経営計画制度」「林班」「小班」「林地台帳」……とにもかくにも「山」を表現する多数のワードがあって、それぞれの台帳や地図があり、データ化とクラウド化が進められていることはわかった。地図や山の見方、山の仕事、制度、担い手など、山を巡る観点を少しずつ感覚として携えていった。といっても、いまだ専門用語は飲み込めていないが。

地図の謎

Kさんの解説つき、Google Earthの衛星写真からの俯瞰図

GoogleMapを頼れば、どこでも迷わず行ける時代だ。たまに不思議な道順を示してくるので、面白みも猜疑心もある(笑)。車に搭載されているカーナビは道順だけでなく、挨拶はもちろん、今日が何の日かも教えてくれる。紙の地図を頼りに迷い迷って旅した時代が、心なしか眩しい。

地図とは何か。第168回直木賞受賞作である小川哲さんの小説『地図と拳』のなかで、現実にはありえない島が描かれた“地図”の話が出てくる。本書では、なぜその島が描かれたのか?という疑問に対し「答えを知るためには、そもそも、どうして人類は実在しない島を地図に描くのかを考えなければならなかった」(*5)と苦悶している。この一文が地図の核心をついていて、私は思わず息を呑んだ。地図とは、地形に紙を押し当てて写し取ったものでもなく、測量してデータ化されただけのものでもない。人の手によって作為的に作られたものなのだ。

「宗教的理由、詐欺師による金儲け、作家の空想、伝聞の間違い、機器の故障、軍事的理由など、様々な経験によって、人々は架空の島を夢想してきた。(中略)その作業は、これまで人類が、未知の世界を夢見た歴史を追いかける作業だった」(*5)。地図とは、人の理想であり、願望なのだ。

(*5) 引用=小川哲『地図と拳』集英社、2022年


祖父が残した森林計画図の書き込みには、山川家の持ち物でない山が丁寧に記されている。

「ここは違うと何度も言ったのに」
山歩きを続ける中で、私は祖父と一緒に山の境界を歩いていた人に出会った。そして、祖父の記録の一部が事実と違うことを知った。

Kさんと何度も探しに行ったけど、道理で見つからないわけだ。


Kさんによる用語解説

<林地台帳>
市町村が事務を的確に行うために作成する台帳。以下の1〜4の事項を記載。
1.森林の土地所有者の氏名又は名称及び住所
2.土地の所在、地番、地目及び面積
3.境界測量の実施状況
4.その他国が定める事項
※あくまで帳簿であり地図ではない

<林地台帳地図>
林地台帳に付帯する地図。地籍調査成果や森林計画図の図面を利用して作成した地図。地番界、地番、林小班番号を表示。
※地籍調査を実施しておらず、森林計画図を元にしていることも多い。全国の市町村でまさに林地台帳地図の元となる地籍調査に取り組んでいるところだが、令和4年末の林地での進捗率は全国で 46%

<森林簿>
地域森林計画(行政が立てる森林計画)を立てる際に実施する調査の結果にもとづいて、林小班をとりまとめの単位として、林況等をとりまとめたもの。
※あくまで帳簿であり地図ではない
※林況:樹種、樹木の本数、林齢、樹高、材積などの情報

<森林計画図>
流域界(○○川流域など)、行政区界、林班界を記入して作成した図面の写しに、森林計画の対象とする森林の区域、林小班界、林道、森林の種類(保安林等)を記入したもの。


山川 愛(やまかわ あい)
愛知県在住。公益財団法人かすがい市⺠文化財団プロデューサー。金沢美術工芸大学工業デザイン科を卒業後、アートマネジメントの領域で活動。同財団に入職後は、展覧会や演劇公演の企画・広報、昨今は自分史を始めとした市民との協業事業を担当。2021年から亡き祖父の山に入り、山主として自分に何ができるかを模索している。


あとがきコラム#5 山と食べ物   
いちじくくるみ

山の備えとして、軽く腹持ちするものを常に持ち歩いた。その代表が「いちじくくるみ」だ。一つでお腹が満たされる上、滋味深く美味しい。近所のワインショップに売っていたのだが、仕入先は絨毯屋だという。
オーナーの杉山さんは、幼少期をサウジアラビアで過ごし、現在は遊牧民が手掛ける織物「キリム」を紹介している。そんな中、一つのアイディア商品を思いついたそうだ。
「中近東の人は、様々なナッツを食べるんですが、手が大きいから、たくさんの種類をガバッととって、口に入れるんですよ。ワイルドで面白くて。日本では最初から一体にして提供してはどうかなと思って」一粒つまみながら、遠く乾いた地に思いを馳せる。
キリムは手のこんだ絨毯なので、値が高い。杉山さんは珍しいことに、子どもが練習用に織った物も入手している。他の製品に比べて目は荒いが、いびつさも含めて愛らしく、手頃な値段だ。私も未来の技術に少しだけ投資しようかな。山と同様、絶えることのないように。(写真背景の織物が、子どもが作ったものです)
Kilim Library

シリーズ「山って…何なん?」 と何度もつぶやくことから始まった、山主候補生の活動日記

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