カードゲームで森の未来を考える【前編】/山梨日日新聞社
企業それぞれの「森づくり」②-1
日本に現存する地方紙として最古の歴史を持つ山梨日日新聞社(やまなしにちにちしんぶんしゃ)は、2022年7月1日に創刊150年を迎えた。この大きな節目を機に地域貢献につながる広告企画を作ろうという話から生まれたのがカードゲーム〈moritomirai(モリトミライ)〉だ。
それにしても、なぜ新聞社が森をテーマにゲームを企画したのだろうか?NCMのサステナビリティ推進室 ディレクターの吉岡と新林編集部2名で山梨県甲府市で開催された体験会に参加することになった。
森を学ぶための学習ツール
2023年3月にリリースされたカードゲーム〈moritomirai〉は、さまざまな仕事を持った10種類のプレイヤーたちが、仕事や生活のアクションを繰り返しながら、森の問題を知り、持続可能な森林の活用について考えるというもの。1ゲームに10名から40名が参加でき、対象年齢は小学校高学年から大人まで対応している。家族や友人と楽しむゲームとは違い、森を学ぶために開発された学習ツールだ。そもそも、なぜそのようなゲームを新聞社が企画することになったのだろう。ゲームを企画した山梨日日新聞社メディア企画局の三井将也さんにお話を伺った。
「山梨県は県土の78%を森林が占め、森林率が全国で5番目。日本一広いFSC認証※の森がある全国有数の森林県ですが、他県と変わらず森林荒廃が進み、森林への関心も薄らいでいます。そこで創刊150年の記念事業として、やまなしSDGsプロジェクト『moritomirai』(モリトミライ)という広告企画を立ち上げ、新聞広告や企画紙面で山梨の森林の今を伝えるための情報発信を始めました。ただそれだけではSDGsの取り組みとは言えませんし、新聞の読者にしか情報が届きません。それなら自分たちが森林課題に直接アプローチするための全く違うツールを作ろうと立ち上げた企画の一つが、カードゲーム〈moritomirai〉です。またSDGsの目標年である2030年までに全国でゲーム体験者1万人、ゲームを進行する公認ファシリテーター500人達成という数値目標を定め、全国でゲームを広げる活動も始めました。現在までに3,000人以上の方がゲームを体験し、約50人の公認ファシリテーターが誕生しています」
では実際どんなゲームなのかと伺うと「やってみるのが一番なので今度体験会に参加してみませんか?」とお声をかけていただき、今回の体験会参加が決まったのだった。
※ FSC認証:環境や社会に対して持続可能な森林管理のもと作られた製品を認証する国際的な認証制度
ゲーム体験会へ
2024年4月25日、体験会の会場となる山梨県甲府市内の山梨県立やまなし地域づくり交流センターには、地元の企業をはじめ、山形や大阪など県外からも人が集まり、中には公認ファシリテーターの資格を取るために来た人も数人混ざっているとのこと。参加者数は25人と思っていたより大人数だ。この日は平日のため子ども達の姿はなく、大人ばかりの会場では、さながら異業種交流会のようにあちこちで名刺交換が始まっていた。
このゲームでは、山に関わる役割として、10種類の職業が設定されている。
- 山の持ち主
- 木を切る人
- 地域の会社のまとめ役
- 猟師・森を育てる団体の人
- 役所の人
- 学校の先生
- 販売会社の社員
- 住宅メーカーの社員
- 新聞社やテレビ局の人
- 木材を加工する人
会場に入ると、受付の方に「お好きな仕事のテーブル席に座ってください」と言われたので、私たち3人は皆バラバラの席につくことにした。私が選んだ「住宅メーカーの社員」は、地元企業にお勤めのお2人と私の3人チーム。お2人とも会社から体験会に送り出されて来てみたものの、どんなゲームなのか全くわからないとのこと。私たち「住宅メーカーの社員」チームに「ゲームのことよくわかっていない者同士」という、不安と安心が入り混じった連帯感が生まれたところで開始の時間となった。
体験会は、この日ゲームの進行役を務める公認ファシリテーターの井上雅博さん(いのちゃん)による、アイスブレイクから始まった。自己紹介や簡単なクイズを織り交ぜながら、山梨や日本の森林は今どうなっているのか、私たちは森林から何を享受しているのか、森林をこのまま放置するとどうなってしまうのかといったお話を聞く。こうして参加者がこれから始まるゲームで目指す「持続可能な森林の活用」の姿が徐々に見えてきたところで、ゲームの説明が始まった。
20年後の未来をシミュレーションする
プレイヤーは町の住民になり、チームごとに仕事に関するカードと生活に関するカードの2種類を6枚ずつと、職業ごとに設定された初期資金のマネーカードを配られる。
ホワイトボードには森の状況が「森への愛情」「手入れ・管理」「整備森林(資源量)」「林業の経営力」の4つのメーターで示されていて、プレイヤー達のミッション遂行によって、森がどのように変化したのかを知ることができるようになっている。
ゲームは1ターンを5年に設定し、4ターンで20年かけてそれぞれの役割に与えられたミッションをこなしながら、20年後のあるべき森の姿をシミュレーションし、それぞれのゴールを目指してくというものだ。
私たち「住宅メーカーの社員」はゲーム終了までに500Moneyを稼ぐことがゴールとして設定されているが、それぞれ職業ごとに異なるゴールが設定されている。
いよいよゲーム開始
まずはチームで話し合いながら仕事カードと生活カードを1枚ずつ選び、仕事に必要な金額のMoneyカードと一緒に運営側に提出する。1ターン目はとりあえず「地元の木材で家を建てる」の仕事カードと「地域の山の特徴を知る」の生活カードを選び、仕事カードに必要な50Moneyと一緒に提出した。
住宅メーカーが森林保全のためにできることと言えば、地元材をどんどん活用することに違いない。ところが結果カードをもらいに行くと「手入れ・管理」のメーターが5以上なら収入が20倍になりますが、現在の森の状況では5以下なので、50Moneyをお返しします」と言われてしまった。どうやら1ターン目は失敗してしまったらしい。
つまり、森林の状況を正しく把握しないまま地元の木を使って家を建てようとしたところ、住宅に使える丈夫な木が少ししか手に入らず、収入を増やすことができなかったのだ。この森は、良い建材が手に入らないほど荒廃が進んでいるということか。なるほど、ようやくゲームが理解できてきた。
イベント発生!
さらにこのゲームでは、1つのターンが終わるとニュースイベントが発生し、森の状況によってグッドニュースかバッドニュースかが決まる仕掛けになっている。例えば台風のニュースが入った時に、森林整備のメーターの数値が良ければ災害を防ぐことができるが、数値が悪ければ、土砂災害などの被害が出て森林整備のメーターをさらに減らしてしまう。
1度目のニュースイベントが終わった段階で、私たちのチームの資金はなかなか厳しい状況にあった。2ターン目をどうしたものかと悩んでいると、周りのテーブルが賑やかなことに気がついた。「ちょっと様子を見に行ってみましょうか」と覗きに行くと、チーム同士でお金を貸し借りしたり、同じミッションを同時に提出する相談をしているようだった。隣の「新聞社やテレビ局の人」チームからは「俺たちのゴールはお金じゃないから、Moneyカードがゼロになったって問題ないんだ。どんどん他のチームに金をやればいいんだ!」と頼もしいお言葉も聞こえてくる。他の皆さんの飲み込みが早いのか、私たちチームの社会性が低いのか。もっと積極的に他のチームと関わらなければならないことにこの時初めて気がついた。
消費者の立場から森を盛り上げる
2ターン目が始まると、今度は「生活カード」の使い方について他チーム同士で相談している人たちがいた。私たちは住宅メーカーの社員として業績を上げることばかりに夢中になっていて、自分の生活(カード)を振り返る時間もなかったようだ。このゲームにとって「生活カード」はどういう意味を持っているのだろう。
そこで、もう少し丁寧な暮らしをしてみようと「生活カード」の内容をよく見ていると、「山菜を摘みに行く」「薪ストーブを使ってみる」「水路を掃除する」など、生活の中で森林資源を活用するものや、森林資源を守るための活動が記されている(しかも実際にやってみたら楽しそうなカードが多い)。
仕事だけが森と関わる方法ではない。このゲームでは、毎日の暮らしの中で森に関わることが森を豊かにすること、そしてこのゲームのゴールに近づくことができる仕掛けになっている。どんな暮らし方が森を豊かにするのか。ここでやっと私たちのチームも真剣に生活カードを選び始めた。
さていよいよ4ターン目を迎え、目標金額を目指して大勝負に出ることにした。「木材を加工する人」と共同出資して新しい技術で木材を加工する新事業を始めるのだ。さらに「新聞社やテレビ局の人」チームの人にも出資してもらい、見事新事業を成功させて私たちのチームの目標金額はクリアとなった。
結果発表と振り返り
すべてのターンが終わると結果発表が行われた。目標金額が設定されているチームは全てゴールを達成し、森の状況を示す4つのメーターも軒並みハイスコアをマーク。これはもしかして全チームゴール達成かと会場が盛り上がる。ところがここで大きな落とし穴があった。猟師のゴールの「森林整備(資源量)」が設定値よりオーバーしたのだ。近年、全国的にシカやイノシシなどが急増し、各地で深刻な被害をもたらしているという話は、私たちも取材先で何度も聞いてきた。森の生態系のバランスを保つためには、資源量が多すぎでも少なすぎてもダメだということだ。
最後に振り返りの時間。持続可能な森林の活用を実現するためには、生産者としてだけでなく、消費者の影響力の大きさを意識すること、自分たちだけが儲からないようにすること、お互いのゴールを知り、情報を交換することなど、それぞれ感じたこと、気づいたことを全員で共有。参加者は今日の気づきを現実の社会でどう活かしていくのかというお土産をもらい、体験会は終了した。
始めはしんと静まり返っていた会場も、1ターン目から異様な熱気に包まれ、あっという間に終了した今回の体験会。ゲームを通じてさまざまな人に出会える新鮮さと、ゲームの世界へ引き込まれる没入感、すべてのチームが同じ目標に向かっていく一体感を肌で感じることができた。これこそがアナログゲームの醍醐味なんだろう。
ゲーム終了後、私はチームでご一緒した甲府市の老舗和菓子店〈澤田屋〉さんへ直行し、銘菓「くろ玉」との出会いも果たした。そしてゲームを終えてお店に戻ってきたチームメイトと再会し、ゲームやお菓子、甲府の話をした短い時間が、かけがえのない思い出となった。森への理解を深め、人と森を繋ぐ新しい接点としての森林系ゲーム。ぜひ皆さんも体験してみてはいかがだろうか。(後編へつづく)
(2024年4月25日 現地取材)
やまなしSDGsプロジェクト「moritomirai(モリトミライ)」
https://www.moritomirai.com/
お問合せ
やまなしSDGsプロジェクト事務局 TEL 055-231-3131(平日9:00〜17:00)
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