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「生命の循環」を見つめる森【後編】/キヤノン株式会社 天野真一さん 岩崎由理さん

企業それぞれの「森づくり」③-2

キヤノン株式会社(以下、キヤノン)の「鳥」をテーマとした生物多様性の保全活動〈キヤノンバードブランチプロジェクト〉についてお話を伺った前回。さて今回はいよいよ、私たち新林編集部も下丸子の森でバードウォッチングをすることに。周囲をマンションや住宅地、工場に囲まれた東京23区内で、どんな鳥たちに出会えるのだろうか。そしてレンズの向こう側には、生物多様性の保全にどのような課題が見えるのだろうか。前回に引き続きキヤノン株式会社の天野(てんの)真一さん、岩崎由理さんにお話を伺った。


キヤノン株式会社 サステナビリティ推進本部 主幹 天野真一さん
1987年キヤノン株式会社入社。2015年よりサステナビリティ推進部でバードブランチプロジェクト等の推進を担う。好きな野鳥はカワラヒワ。どこでも見られる鳥ですが、あの電子楽器みたいな金属的な声が好きです。

キヤノン株式会社 サステナビリティ推進本部 岩崎由理さん 
1998年キヤノン株式会社入社。バードブランチプロジェクトの活動拡大に向けて取り組む。好きな野鳥はシジュウカラ。巣箱の中に丁寧に作られた巣を初めて見たときに感動しました。


下丸子の森へ

キヤノン本社を訪れた5月15日は、折しも2024年の愛鳥週間の真っ只中。お天気にも恵まれ、双眼鏡を持参した鳥好き編集部員の気持ちが伝わって、みな早足で社屋を出た。

天野さん 本社の敷地は1辺330mの正方形に近い形になっています。その1/3(約3万㎡)が「下丸子の森」です。プロジェクトを立ち上げる時に、日本野鳥の会さんと一緒に敷地内を回ったところ「ここなら50種類くらいの野鳥がいますよ」と言われましたが、我々は最初「50種類?いないいない」と言っていました。ところがこの森で確認した野鳥は2015年の23種から、この10年で43種類まで増えました。

天野さん 双眼鏡を使うポイントは、まず対象物を肉眼で確認し、視線と顔の位置を動かさずに、目にそっとレンズをあてることです。視線を対象から外さないのがコツですね。どうしても双眼鏡を見てしまいそうになるのを、ぐっと我慢しましょう。

「あ!シジュウカラいたいた!」

天野さんから正しい双眼鏡の使い方をレクチャーしていただき、鳥を見つける練習を開始。目を必死に凝らして探しても、なかなか見つけられない。耳を澄まし、意識を鳥へ向けるためには、目を凝らし過ぎてもいけないようだ。間違い探しの絵を見るように、全体を見渡しながら鳥を探してみた。

カルガモの親子(提供資料)

天野さん この池には春になるとカルガモが子育てをしにやってくるんです。池の近くに卵を産んで、ヒナが生まれると親子で池を泳ぐ姿が見られますよ。かわいい子ガモの元気な様子を見るのが、社員たちの昼休みの楽しみにもなっています。

ムクドリ

天野さん ムクドリは日本ではよく見かける鳥ですが、海外では珍しいそうで、海外から来たバードウォッチャーにムクドリを見せると喜ばれますよ。

岩崎さん この辺りが一番草木が生い茂っている場所で、この奥にバードバスを設置しています。虫が多い場所ですが、野鳥の飛来調査を続けるうちに、「この虫も鳥のエサになるのかも」と思うようになりました。

※バードバス:鳥が水浴びや水飲みをするための水場

ネットワークカメラで捉えたハイタカ(提供資料)

天野さん バードバスを訪れる鳥の様子を捉えるため、キヤノン製のネットワークカメラを使って定点観察をしています。猛禽類のハイタカもここで水浴びをしていたんですよ。

普段の生活ではあまり鳥の声を意識していませんが、鳥を探していると沢山聴こえてきますね

天野さん 人間のノイズキャンセル機能は凄く性能が良いそうです。我々が各地の事業所に「プロジェクトを一緒にやりましょう」と声をかけても、皆さん最初は必ず「いや、うちには鳥はいないですよ」と言うんです。でも耳を凝らして一緒に歩くと沢山の鳥の声が聴こえてきて「うちの事業所ってこんなに鳥がいるの?」と驚かれますね。

見つめ続けて、見えてきたこと

観察を10年続けてきたことで気づいた変化はありますか?

天野さん 海の近くでしか見られなかったイソヒヨドリがだんだん都市部に出てきていると言われていますが、やはり下丸子でも観察されています。オナガも最近群れで見るようになりましたね。どちらも10年前はあまりいなかった気がします。

「オナガはその名の通り尾羽が長く美しい鳥ですが、声がダミ声なんです」(提供資料)

天野さんは元々鳥が好きでしたか?

天野さん いえ、私もこのプロジェクトの担当になってから初めてバードウォッチングをしました。最初は我々も「なんで鳥?」ぐらいの認識から始めたのですが、続けるうちにだんだんのめり込んでいき、それが社員にも少しずつ波及していると感じています。社内でも最初は「君たち何やってるの?」と、冷ややかな感じも一部ありましたが、今では観察会の参加者も増え、キヤノンは鳥の活動をしている会社だと認識してもらえるようになりました。

下丸子の森から世界へ

天野さん キヤノンはグループ全体で日本に約7万人、世界に約17万人の従業員を抱えるグローバル企業です。生物多様性という大きな課題に対してはまだまだ少ない数ですが、17万人が生物多様性に関心を持つということに我々は意味があると思っています。〈キヤノンバードブランチプロジェクト〉の「branch」には、鳥がとまる「小枝」という意味の他に、「支社」や「支店」という意味もあります。これはこのプロジェクトが下丸子の森から世界中の事業所へ広がってほしいという願いを込めて名付けられたものです。そして今それが現実のものとなり、世界各地でオリジナルプログラムによる鳥の観察会や保護活動が始まっていることが、非常に嬉しいですね。

観察しながら同時に撮影、記録できる〈PowerShot ZOOM〉

この日、1時間ほどの短い時間で見ることができたのは、シジュウカラ、ハクセキレイ、オナガ、ハト(ドバト)、ムクドリ、カラス、イソヒヨドリ(オス)。この間、何度となく野鳥のさえずりに耳を澄まし、木々の梢のわずかな揺れや景色の違和感に意識を向けることで、今まで視界に入っていても気づかなかった鳥をようやく「見る」ことができた。

これは裏を返せば、人が「見たい」という意識が働かない限り、見るべきものも見えなくなってしまうということではないだろうか。人の「見たい」「知りたい」という願いに応えて進化を遂げたレンズで、これからも「生命の循環」を見つめることが、生物多様性の保全に繋がるのだろう。そんなことを実感した1日となった。

(2024年5月15日 現地取材)

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新林 第8号の表紙

新林 第8号
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