ツル植物で手仕事してみる【後編】 サルトリイバラで箸づくり
里山よもやま話 〜人と植物が暮らす社会〜 #5
サルトリイバラって?
もうひとつ、手軽に出来るものづくりとして、箸づくりを紹介したい。紹介したいと言っても、私は木工の専門家でも無く、素敵なお箸を作ることができる訳でもない。そんな私がなぜ箸を作るようになったのか。
そもそも箸づくりを始めたきっかけはお弁当である。正確にいうと、野外でお弁当を食べようとしたら、箸を忘れてしまったので、仕方無く急ごしらえで作らなければいけなかった、ということだ。偉そうに公言する事でもないが、情けないことに私はよくお箸を忘れる。たいていは野外実習で山の中だ。休憩時間は限られている。早く箸を調達しないと周りの皆は食べ終わってしまう。このような条件下で箸を作るには、手近な素材で素早く箸を作る必要がある。そのためのコツもあるのだが、調子に乗って箸の話を始めると長くなってしまうので、詳細は別の機会に譲るとして、ここではツル植物を用いた少し変わり種の箸を紹介したい。それが、サルトリイバラのお箸である。
ここでサルトリイバラをご存知の方からは突っ込みが入るに相違ない。まずサルトリイバラはツル植物である。「箸に使えそうな真っ直ぐで太い部分なんてあるの?」というのが第一点(写真17)。

さらに、「あんなトゲだらけの植物、お箸に使えるの?」というのがもう一点である。サルトリイバラは、サルトリイバラ科の多年生植物である。多年生なので、土の中に根茎(写真18)があり、葉っぱは冬になると落とすものの、地上部のツルは鮮やかな緑色で、枯れずに毎年残っている。

ツルには名前のとおりイバラのようなトゲ(写真19)が多数ついており、ほかの植物などにからみついてよじ登るのに一役買っている。ノイバラと同様、藪こぎをする際にズボンや上着に絡みつくため、トゲが刺さると結構痛くて厄介である。

お箸をつくってみる
サルトリイバラは珍しい植物ではないものの、箸を忘れたときに都合良く生えているほど多くみられる植物ではない。この植物で箸を作ろうと思ったきっかけは、斎藤たまさんの著書、「箸の民俗誌」にサルトリイバラでお箸を作る習俗が紹介されているのをたまたま目にしたからである。本の中で初めてサルトリイバラの箸を民家で目にしたときの様子が綴られているのだが、斎藤さんはこのお箸をいたく気に入ったようだ。色や質感の描写が続く。そのあとに日本各地でこの植物が箸に用いられていることが記されており、岐阜県内をはじめとするいくつかの集落では、この箸を使うと歯が丈夫になると言われているらしい。魔除け的な意味合いであろうか。使われ方としては、山で箸を忘れたときが多いようだが、かなりしっかりしたもので、一時しのぎでなく日常でも使われているようだ。
箸の民俗誌
著者=斎藤たま 論創社/2010年
日本人の食卓に欠かせない箸。各地に見られる桑や南天の箸から、香り高いクロモジの箸、九州の正月箸・栗箸など、さまざまな箸の由来をたずねる全国“聞き書き”民俗誌。
https://www.ronso.co.jp/book/b10156630.html
これを読んでいつかサルトリイバラでお箸を作ってみたいと思いながらも、箸に出来るほど太くて真っ直ぐなものを見つけられずにいた。ところがた里山整備の実習に出かけた先でたまたま条件に合うものに出会ってしまったのだ。この時は気づいていなかったが、放置されて時間の経過した林縁に生えているサルトリイバラの根元は思った以上に太いようだ。しかも手入れで刈り取られたとしても、根茎から次のツルが生えてくる。案外探せば適したものが見つかるのかもしれない。
作りたてのお箸は鮮やかなエメラルドグリーン(言い過ぎか?)で美しい(写真20)。上から順に新しいものから古いものに並べてあるが、最終的に茶色っぽくてくすんだ色に落ち着く。これも味があるといえば味があるのかもしれない。作りたては緑色なだけでなく、湿っているので重さもある。手に馴染んで使いやすい重さなのだが、乾くとかなり軽くなってしまう。

切られてしまったサルトリイバラには申し訳ないが、地際近くの近くて真っ直ぐな部分を持ち帰り、残りは捨ててしまう。多少太かったとしても、サルトリイバラのツルは剪定ばさみで楽々切ることが出来る。さらに厄介なトゲも現地で剪定ばさみを開いてナイフのように使い、取り除いてしまう。するとアスパラガスのような感じの棒ができあがる。アスパラガスも、サルトリイバラもどちらも単子葉植物なので、感じが似ているのかもしれない、などと思いつつ、ナイフを使って先端を削る。もちろん現地で作る場合は剪定ばさみを使っても構わない。先端が2本で直線がぴったり揃うようにできれば出来上がりである(写真21)。このぴったり揃っている部分が長いほど使いやすい。

最近はお弁当箱にサルトリイバラのお箸を常備しているので、滅多に箸を作るために走り回る機会はなくなってしまった。けれどちょっぴり寂しいような気もする今日この頃である。
おわりに
今回は植物の生き様と言うよりは、身近な自然にあるもので、下手くそながらに日常で使うちょっとしたものを作ってみた、という記事であったが、いかがだったであろうか。
常々思うのは、人が自然に無関心な原因が、現代社会で暮らしていると自然に依存しないでも生きていけるよう錯覚するからではないか、ということである。食料もエネルギーも、住まいも、都市で生活していようが、地方、場合によっては中山間地で暮らしていようが、普段の生活で自然の恵みを意識しないでも暮らしていくことができる。周囲の環境に左右されずどこでも同じように暮らしていけるのは結構なことかもしれないが、同時に、自然と関わらずに生きていけると勘違いしても不思議ではない。実際は衣料、食料、住居の建材、エネルギーに至るまで多くの生活に必要な資源は、元をたどれば自然界から人間が資源として取りだして使っているものである。たまに災害が起きてライフラインが止まるようなことが起こってから、はじめて自分たちが何に依存しているのか明らかになる。
一方で、ささやかなものでもよいので身近な自然から生活に必要なものを自作することで、周囲の環境に目が行くようになる。今回の記事に関わる例をあげると、取材用にサルトリイバラを収穫しようと近くの藪に行って見たら、長い時間かけて育った大きな株が周囲の藪ごとあっさりと刈り払われてしまっていた。もっと早く収穫しておけばよかった、と後悔しきりである。このように、自然から何かを頂いて使っていれば、誰でも身の回りの資源≒自然に目が向いてゆくと思うのだ。一度関わりを持てば無関心ではいられない。これが身の回りの自然の手入れに始まって、もっと大きな環境問題への意識につながっていくのかもしれないと思う。大袈裟かもしれないが。
他方気をつけなくてはいけないことは、採取する自然の関心なしに搾取だけ続けていれば、すぐに資源は枯渇してしまうだろうということだ。そこには人間が自然から飛び出して一方的に搾取する存在ではなく、自然の中で分を弁えて生活するという意識が欠かせない。たかがカゴ、たかが箸かもしれないが、作っている間に色々なことを考えさせられた。
それはそれとして、やってみると単純に楽しいし、作ったものは如何に下手くそであっても愛着が湧く。プロ並みの仕上がりを目指さなければ意外と簡単である。みなさんも是非お試しあれ!
(前編はこちらから)
今回登場した植物

著者:柳沢 直(やなぎさわ なお)
岐阜県立森林文化アカデミー教授。
京都府舞鶴市出身。京都大学理学部卒業。京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の生態を研究。博士(理学)。専門は植物生態学。地質と植生の関係に興味がある。2001年より現職。風土と人々の暮らしが育んできた岐阜県の自然が大好きだが、特に近所の低山(標高250m未満)いくつかに登っては自分の家を眺めて悦に入っている。温暖化で年中登れなくなっているのが悲しい(低山は夏~秋は暑くて死にそうになるため)。
シリーズ里山よもやま話 〜人と植物が暮らす社会〜

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