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シリーズちぐさ研究室の研究日誌

岡山県・西粟倉村で活動中の「ちぐさ研究室」によるちょっと本格的な実験や観察の数々

巨人の肩の上で「論文」を読んでみよう ③建築学の論文を生物学視点で読んでみる

ちぐさ研究室の研究日誌 #4

岡山県・西粟倉村で活動する「ちぐさ研究室」のお二人と、季節ごとに実験や観察を楽しむ連載。
第四回の今回は、論文の読み方について4回に分けて紹介していきます。
▷①生物視点の建築について知りたい
▷②生物×建築?一体何から調べたらいいのやら…
▶︎③建築学の論文を生物学視点で読んでみる
▷④秋山さんを交えてディスカッション
○登場人物:川上えりか、清水美波(ちぐさ研究室) 植野聡子(新林編集部) ゲスト:秋山淳

まずはタイトルと研究目的をチェック

川上 それでは『「生物多様性に配慮した建築」を支える事物のネットワーク』を読んでいきましょう。まずはキーワードを見ていきましょうか。

【キーワード】
生物多様性、事物のネットワーク、生態系、生息環境、メンバーシップ、コモンズ

ーー 何か気になるキーワードはありますか?

清水 生態系分野の人たちにとっては、生物がどう生きてるか、どういう環境があるかといった人間を排除した形で研究していくので、「コモンズ」や「メンバーシップ」という概念は新鮮ですね。

川上 「事物のネットワーク」はタイトルにも入っているので、まずはタイトルの「生物多様性に配慮した建築」と「事物のネットワーク」という言葉が何を指してるのか理解してからこの論文を読み始めると良さそうですね。

生物多様性に配慮した建築=BFAとは?

清水 「生物多様性に配慮した建築」は〈1.序 1-1.研究の背景と目的〉に説明がありました。生物多様性に配慮した建築をBiodiversity-Friendly-Architecture(バイオダイバーシティ・フレンドリー・アーキテクチャー)=BFAと呼ぶそうで、ここからはBFAと呼んでいきたいと思います。

生物多様性に配慮した建築(以下、BFA):人以外の野生の生き物にも利用されることを意図して人によって計画され建てられ利用される建築。生き物の生態のなかで必要となる安全な移動経路や子育て・休息に適した居場所の欠乏に対して提供される。

川上 「事物のネットワーク」という言葉は、1-1の最後に出てきました。

“BFAが成立し持続するためには、以上のような生息環境とメンバーシップがともに存在する状態〈図1〉が必要であり、この生息環境とメンバーシップの全体集合を、BFAを支える事物のネットワークと考えることができる”

メンバーシップ:生き物とその生態を支える環境の存在に気付いた人々がおり、その気づきが共有され、生き物のためになにか施したい関心を共有する人の集まり

川上 メンバーシップは「〇〇湿地を守る友の会」みたいなものを想像すると分かりやすいかもしれません。課題を感じてる人たちが、定期的に草刈りしたりといった課題解決の活動を通して成立している共同体ですね。

清水 ただ〈図1〉が示すように、メンバーシップと生育環境が合わさったところに常にBFAがあるかと言われたら必ずしもそうではないので、筆者は、BFAを構成する大きな要素として、メンバーシップと生息環境があると考えているのではないかなと思います。

最後の段落、見出しは要チェック!

川上 少し飛ばして〈1.序 1-1.研究の背景と目的〉の最後の段落を読んでみましょう。

“本論では、人と生活領域が重複し関わりをも持つことの多い野生の陸生動物のために作られた自律的構造を持つBFAを対象に、生息環境、メンバーシップのあり方と、それらのネットワークにどのようにBFAが位置づいているかを検討することを通して、BFAを支える事物のネットワークのあり方を明らかにすることを目的としている。”

ーー 先ほど清水さんがおっしゃったBFAを構成する要素であるメンバーシップと生息環境の関係性を、「BFAを支える事物のネットワーク」として、紐解いていくようですね。

清水 初めて論文を読むときは、最初から一つずつ読んでいくのは集中力が切れてしまうことも多いと思います。このように、目的とキーワードに出てきた言葉の定義を押さえておくおくだけでも読み進めていくことはできると思います。
今までのところで何言ってるか分からないなと感じた時は、とりあえず最後の段落だけ理解してみたら大丈夫。割と前提が分かるかもしれません。先に見出しを読んでいく、というのもおすすめのやり方ですよ。

ーー 2章は〈2. ネットワークの表現方法〉、3章は〈3. 生息環境〉、4章は〈4. メンバーシップ〉、5章は〈5. BFAを支える事物のネットワーク〉と続きます。

川上 3章は生き物側、4章は人間側から分析をして、5章でそれらを合わせて分析しているようです。2章は5章の一例として、コウモリ小屋の事例について、生息環境とメンバーシップの両面からどうやって分析したかを具体的に説明していています。これと同じことを40事例に対して繰り返したわけですね。

清水 このコウモリ小屋のプロジェクトはすごく良い事例だよね。生息環境があって、建てるきっかけが分かりやすくて、メンバーシップもできている。

ーー 確かにドラマティックな展開で読んでいて楽しかったです!

生き物を取り巻く環境の捉え方にギャップあり?

ーー 3章〈3. 生息環境〉を読んでみたいと思いますが、気になったところはありましたか?

清水 〈3-1. 生息環境の構成要素〉のなかで、物理的環境を農場、緑地、水辺…と分類するのは客観的な分け方ですが、「食べるもの」や「妨害者」などの要素はどちらかというと主観的な印象を受けました。必ずしも食べる・食べられるだけではなく、ある生き物Aがそこにいるだけで寄り付かない生き物Bもいたりと、生き物によって何が「妨害」か変わってくるのも面白そうなポイントです。

川上 共生関係といってお互い助け合っていたり、片側だけが利益を得ていたり、ある植物が近くにいると生きやすい生き物がいたり、天敵だけでない生き物と生き物のいろいろな関係性も生息環境に影響している部分はあるのではと思いました。

清水 BFAはある特定の生き物にフォーカスすることで生き物に関心がない人が関心を持つことができるという非常に大きな役割があると思うんですけど、生物学的に重要な課題と、コミュニティや共同体の中で共感されやすい課題とが、必ずしも一致しない場面もあり得ますね。

川上 例えば、清流のある地域のホタルだったり、雑木林の中でもオオムラサキがいる森とか、社会的にもその生き物がいることで意義があるとされているものがBFAの対象になりやすいのではないかと思いますね。どれだけゴキブリの多様性が減っていたとしても、ゴキブリのためのBFAはできないかもしれない……

ーー なるほど~。確かにそうかもしれません。生態系的な視点か、人間社会的な視点のどちらに立つのかというのは、異分野だからこそ見えてくる視点ですね。

人間側の動きはどう変わっていった?

ーー 次は〈4. メンバーシップ〉ということで、人間側の章ですね。〈4-2. メンバーシップの構成の主体〉で、構成主体の一つとして宗教団体がピックアップされていて、その理由が“無意味な殺生を良しとしない教義などに由来して、宗教団体がBFAに協力的なためである。”というのが面白いと思いました。

清水 〈2. ネットワークの表現方法〉で取り上げられたコウモリ小屋の事例も神社が関係していますね。

ーー そうでした!次の〈4-3. 関わり方の種類〉では、3種類の関わり方に整理して各事例を分類しています。

①BFAに対して寄与するインプット:
 資金提供、労働力提供、管理企画、場所提供、協力、生き物の調査
 →スキルを提供することで関わる場合が多い
②BFAから得られるものを利用するアウトプット:
 産物を得る、情報発信、グッズ展開
 →BFAについての情報発信も積極的に行われている
③パッシブ(受動的)な関わり方:見学
 →全ての事例において何らかの形で見学可能だった

川上 〈4-4. 主体と関わり方の結びつき〉は、主体ごとにそれぞれの特色を生かした関わり方をしてるんだなと結構すんなり理解ができる内容でした。

ーー 次の〈4-5. メンバーシップの変容〉をまとめた〈図4〉は、読み解くのが難しい気がしますが…

清水 ここは図のタイトルと文章を照らし合わせて読むと良いですね。〈A. 長い時間の間にコアメンバーが変わるもの〉で言うと、古い時代からある建築で、途中で主体がいなくなったけど、後世の人がその建築の価値に気づいてBFAの維持に頑張りました!というものですね。

川上 実は〈4-5. メンバーシップの変容〉の文章を読むと、AからFまで変化のパターン分けをしていることが分かります。見方を掴むまで少しコツがいるかもしれませんが、図もひとつずつ読み解いてみると、BFAごとにそれぞれの歴史があることが分かって面白いですよ。

生き物と人間の関係を読み解いていこう

川上 ここまで3章で生き物側、4章で人間側の視点で見てきましたをしてきました。次の〈5. BFAを支える事物のネットワーク〉では、それらを掛け合わせてA~Gまで分類して関係を読み解いています。

ーー このなかで気になったものはありましたか?

清水 Gの「コアメンバーと異なる主体が建設のタイミングごとに参加するメンバーシップをもつもの」の説明で挙げられているリスのための橋は、アニマルパスウェイと呼ばれる構造物かなと思いました。車道を渡らないで横切れる道はあればあるだけ望ましいから、たくさんのBFAが必要になるようです。

川上 こういう具体的な事例があると、自分たちのプロジェクトはどのカテゴリーに入るか分かるので、目指すBFAとそれを支える事物のネットワークのイメージが湧きますね。西粟倉での事例としては、「ビオ田んぼプロジェクト」や「オオサンショウウオで魚(ぎょ)ッ!とする川ガキを未来へ。プロジェクト」が当てはまるかもしれません。

ビオ田んぼプロジェクト
タガメをはじめ、多種多様な生き物が住めるように農薬を減らし、ビオトープのエリアを設けた田んぼづくりをしている

オオサンショウウオで魚(ぎょ)ッ!とする川ガキを未来へ。プロジェクト
絶滅危惧種であるオオサンショウウオと、川で遊ぶ子ども(川ガキ)を増やすために河川環境を改善するプロジェクト
https://furusato-forgood.jp/projects/000064

ーー 西粟倉ならではの面白いプロジェクトですね!これらもこの論文のように、生き物や環境の変化とプロジェクトに関係する人たちの変容をまとめていったら面白そうです。

川上 あと、シカやイノシシなどによって畑や森が荒らされて農業や林業などに被害が出ていますよね。人と野生動物の環境が重複し始めたのは結構最近のことで、こういった生き物による被害が減るようなBFAを考えてみることも面白いのかなと思います。そういう場所を作ってあげたら、地域全体としての被害はなくなる、あるいは少なくなる。現在は畑や守りたい木の周りに柵を建てたり防御する方法ばかりですが、生き物の側に立った方法で対策を考えてもいいのかなと、思いました。非現実的かもしれないですが。

清水 どうしても人間視点だと、役に立つ生き物をどう利用するか、役に立つ生き物の多様性をどう守っていくかということに終始してしまうので、決してそうではない生き物たちもどれだけ面白いかとか、役に立つから保全をするのか?といった問いを投げかけることが、生物学側の役目なのかもしれません。

ーー 人間社会の視点に立つ建築学と、生き物の生態系の視点に立つ生物学がお互いの分野を持ち寄って歩み寄ると、より良いプロジェクトになりそうですね。

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